淘汰 | 洒落た紅茶屋

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自由奔放にのんびりと趣味の話語り

気がつけば季節は冬、11月も終わりを告げて参りました。


お久ぶりです。


「いい加減更新しろっ」と怒られたので、このブログも復活していきたいですが、どれだけもつのでしょうね・・・


なにかこのブログにも記事に統一性を持たせば、面白味が増すのだろうか?

なら現在研究(というにはまだ大げさななので勉強)していることから、私が考えたこなんか書いていきますか?情報の提供+自身の理解の向上・・・いいですけどめんどくさそうでもあります。


まぁ無理せず、なるべく面白いものが書けるように心掛けます。・・・はい





ヒトが農耕を開始し、文明を築き始めてから1万と1千年。ヒトの環境は変わりに変わりました。技術は進歩し、ドラえもんの誕生・モビルスーツの実用化が現実のものとなってきました。

しかし進化の観点からヒトを見た場合、環境は大きく変わっているのにもかかわらず、ヒトは1万年前から対たいして進化していないと言われています。むしろ現在より1万年前の環境の方が適用的、という意見もあります。


では本当にヒトは進化していなのか?

逆に1万年前のヒトより劣っている所はないのか?つまり1万年と比べ退化している所はないのか?



現在は核家族が進み、家族間のコミュニティが薄れる+人口の密集化等のより、自分の周りに名前も知らない人、会ったこともない人が多く住んでいるこの時代と

狩猟採取の時代、自分の周りのコミュニティが家族親族関係で構成されていた時代と比べた場合、

家族関係の薄れから他者への欺瞞がより進化したかもしれません。


現在はスーパーに行けば安全で美味しい物が買え、食材に対して大した知識はいりませんが、

狩猟採取を行なっていた(いる)ヒトは、自分たちの行動範囲にある食物にたいして、食べれる物、食べれない物

、毒があり危険なもの、薬になるものなどを詳細に把握しないと生きていけません。

このことから、私たちは、食物・動物などの知識を司る知能が退化しているかもしれません。


農耕を開始してヒトが進化退化した点

これを掘り下げてみたいとも思った今日この頃


まぁもうすでに研究されて、明らかになっている部分はあると思いますが・・・





―以下、このブログの注意事項―

・間違った認識の仕方して、そのまま使っている場合があります。

 →あまり鵜呑みにしないで下さい。責任は取れません。

・考え方が幼稚です。

 →温かく見守って下さい。また指摘をいただくと勉強になります。

・私自身の情報量は少ないです

 →気になったら自分で調べてみると面白いと思います。