寒い。

今回の任務は、とある村で起こっている異常気象の解決。及び原因がイノセンスの可能性が高い為、回収する事だ。

寒い。


天井が高い部屋には壁が本棚になっているのか、沢山の本がしき詰まっていた。
床には散乱した紙。書類だろうか。
コムイ室長室と呼ばれるここは、コムイ室長の普段の生活・性格が窺い知れる程汚かった。
「アレン君は寒いの苦手?暑いのは!?」
にこにこしながら白衣に眼鏡をかけベレー帽を被っている、一般的に科学好き!という感じの男、部屋の主であるコムイが問い掛けた。
「どっちも特には」
曖昧な返事をするもやしにコムイは「良かったぁ」なんて言いやがる。
ちっ、何で俺がまたこいつと…

寒い。

地下水路に行くと、何故か馬鹿ラビとブックマンがいた。
はっ、これ以上俺に負担をかけさす気か!?

寒い。

修学旅行じゃあるまいし、仲良く行動出来るかよ。
そう思ったのが先か足が先か、電車の中に入るなり車両の一番前の席に一人で座る。
少し離れた所からは、ラビの話し声が聞こえて耳障りで仕方ない。

寒い。

少し、電車という名の揺籠に乗っていたせいか、気が緩んでいたのかもしれない。
ラビに髪の毛を弄られても気付かないなんて!
「っつ…」
六幻を突き付けてみれば「そんなに怒る事ないさぁ」と苦笑混じりに手を上げていた。
うるせぇんだよ。軽々しく俺に触るな!
キッと睨みをきかしドスンと再び席についた。

寒い。

村の駅に着けば雪が降っていた。
団服は見掛けよりも性能が良いらしい。
そこまでの寒さは感じなかった。
もやし達は目の前に怪異があるというのに今は行かないという。
やっぱり、とんだ甘ちゃんだ。
一刻の猶予も俺達にはありはしないのに。
「俺は先に行く」
吹雪の中、進んで行った。

寒い。

凍える程寒いんだ。
気が付けば隣にお前は居た。
何時から居たのか、むしろ俺がお前に気付かなかっただけで隣に来たのは俺なのかもしれない。
それだけ違和感無く隣に居たんだ。
何をするでもなく、話すでもなく。お前が隣に居ることがとても嬉しかった。幸せだった。その一時がずっと続けばと、どれ程望んだか知れない。
でも知っているんだ。お前は俺の隣に居ながらも俺じゃない、別の事を考えてるって。

「なぁ、何考えてるさ!?」

俺の思っている事を声に出して言ってみた。
別に返答が欲しかった訳じゃない。ただ、少しでも別の事から俺の事を考えて欲しかった。
隣にいるオールバックの髪に全身黒で覆われている奴は不敵な笑みを浮かべて言った。

「ラビの殺し方」

何も躊躇する仕草を見せず、はっきり。
口の両の先端がにーっと引っ張られ、何とも不気味な笑みに変わる。
「そっ」
とだけ口にしながら俺は満面の笑みに違いない。
だってそうだろう?愛してる奴が俺の事を考えていたのだから。
他の奴じゃない。他の何かじゃない。俺なのだから。
俺がお前に殺された時、それがお前の中から俺が消える時なんさね。

だったら俺は生き延びるさ。

お前の俺があり続けるように。
なぁ、ティキ。
誰かが“約束とは破る為にある”なんて言っていた様な気がする。
けど僕には“約束とは生き続ける意味”だと思うんだ。

げはっ。
鳩尾に攻撃を喰らって口から唾液の様なゲロの様なものが零れ出た。
その液体が口の中を濁す。苦くて酸っぱい感じ。気持ち悪い。
そんな事を考えている間に、目の前の敵がもう一発と言わんばかりに蹴って来た。
その蹴りが下腹部に見事に当たり宙を舞って飛んだ。舞っていた身体は、地面に落ちずレンガ造りの家の壁に当たった。崩れる音が響く。

ゲホッ、ゴホゴホ。
「くそっ」
「ギャハハ、ギャハハ。良い気味~」
目の前の敵は口を大きく開けて笑っていた。
AKUMAは人間を殺して進化する。この目の前にいるAKUMAは球体の形をしたLv.1ではなくLv.2だ。いろいろな能力が発達しているらしく、攻撃パターンが解らない。
赤子の様な顔をしているが、体は大きくマッチョだ。筋肉で引き締められた体から繰り出す蹴りやらパンチは一発一発が大ダメージを喰らう程。
それを彼此何十発も喰らっていればそろそろやばい。
「なんで身体が思う様に動かないんだ」
自分を叱咤するように呟いた。
このAKUMAは武器といった道具は一切使ってこない。つまりは肉体のみ。ならば避ければ済むだけの話しなのだがどうも避けられなくなってきた。

「教えてあげようか~」
赤子の様な顔で小首を傾げたAKUMAは先程まで居た筈の場所には居らず、変わりに目の前に居た。
「ギャハハ、ギャハハ。オマエ頭悪いな~。」
にたあとした口に合わぬ無心な眼。
ぞくっ、と背筋が走った。
「俺の能力は相手に一発ずつ当てる事で反射神経を鈍らすんだ~。つまり、当てれば当てるほど動く時のスピードが遅くなっていくわけ~」
誇らしげに語るその顔はやはり眼は何にも光を宿さず、口だけがにやにや動いていた。
体と顔といい、眼と口といいなにもかもがアンバランス。
「なるほど、そういう事ですか」
それなら始めと今での避けきれない攻撃が多いのが納得できる。と頭の中で考えていた矢先また攻撃を喰らった。つま先が下から顎に当たって再び身体が舞い上がる。が、先程とは違い壁がすぐ後ろにあるのだ。ゴシャという音と共にずるずると身体が落ちてきた。
「俺の能力が分かったところで、何にも変わらないけどね~」
ギャハハ、ギャハハ。耳障りな笑い声だけが響く。
満月は人を狂わせるという。
魅了されるのか、引力に引き付けられるのか。
罪を犯す者が一番多いと言われている。

ふと空を見上げると満月だった。
闇に光が灯るように大きな月が妖しく照らしていた。
不気味なほどに丸く、不気味なほどに光輝くソレはまるで、俺を嘲笑うかのように引き付けるのだった。

「どぉりで」

苦笑交じりの笑みが零れた。
ざーっと生暖かい風が身体を撫でる。蒸し暑い夜に更に追い討ちを掛けるような風、気だるい。
それと同時か、一瞬遅れてかで湧き上がって来る衝動。
恋し焦がれる心中。
「会いたいさ」

コンコン。
ドアを叩く。静かな教団の中で響かないように軽く。
誰かに見られたら不味い訳ではなく、ただ疲れて寝ている皆を起こしたくないだけ
少し待ってもドアの中に居る筈の相手から何も返事が返ってこない。
更にさっきより多めにコンコンコンと叩く。
それでもまだ返事が無ければ入って良し、返事があればダメ。
これは合図。
俺とドアの先に居る君との。
返事が無いようなので、ドアを静かに開けた。

ギギギギギッ。
静かに開けたつもりでも、錆びれたドアからは音が漏れた。
次の瞬間びくっと身体が凍りついた。
全快に開かれている窓からは満月がくっきり映っていた。
暗い部屋はその光だけで十分夜目が利く。
その前のベッドに腰を掛けてじっとこちらを見ている彼はまるで別次元の人間のような、むしろ人間なのかも分からない神秘的で妖しく、美しかった。

ぼーっとしていると目の前から声がした。
「お前に、話があるんだ」
はっとして声の主に視点を集中する。
真剣な眼差しから窺える話の用件。あいつの存在。最近の君の行動。
知らない不利をしながらなにさ、とにっこり微笑んだ。

「ラビ、お前もうここに来るな」

ビンゴ。
なんとなく気付いてたさ。それでも言われなかったから、拒否されなかったから毎回通い続けた。求めたんさ。
真直ぐな黒髪が、窓から吹き込んできた風で舞った。
それをあやす様に右手で髪を押さえる。
一瞬の出来事だった。
神田の意識が髪に集中している間にラビは近づいた。そしてユウの唇に自分の唇を宛がう。優しい、優しいキス。

「やめろ!!」
ばっとさっきまで髪を押さえていた手で顔を振り払われた。

っつ・・・

「俺はもう、一時の感情でお前に振り回されたくないんだ」
そか、とヘラっと笑った。
向こうからしてみれば、馬鹿面だったと思うさ。けど俺にはこれが精一杯で。
ユーターンして、さっき開けた扉へと向かう。一歩一歩近づく度に寂しさと孤独、喪失感、切なさ、愛しい君への愛情。全てが憎らしくなって意地悪を言いたくなった。

「ユウはあの新入り君が好きなんさ?」

後ろを振り向くと顔を赤くして手で隠そうとしているユウが居た。
それは今まで俺の前では見せなかった表情。
また前に向き直して進む。
そんな顔見たくなかったさ。
ギギギギギッ。バタン。

「ラビ、お前は惑わされてるだけだ。満月の時しか俺を求めなかったくせに」

満月は人を狂わせるという。
魅了されるのか、引力に引き付けられるのか。
過ちを犯す者が一番多いと言われている。
一時の感情は誰かを傷つける。そして、その傷を癒してくれる違う誰かを求めてしまうのだ。
ガタンゴトン、揺れる車内。
一車両毎に個室が五つぐらいあり、その一室の引き戸の扉を開ける。
個室には対面識の二人掛けのソファと景色を見る為の窓が備え付けてあった。白い壁には何も飾っていなく、さっぱりとしていて過ごしやすそうと思った。
初めての電車に心が躍る。が、先刻あった出来事を思い出してまた沈む。
「クロちゃん、好きなとこに座ると良いさ」
背後から声がかかる。
振り返りたかったが、今は酷い顔をしていると思い言われるがまま席に着こうとした。
どちら向きに座ろうか。
なんとなく動いてる方向と逆に座ったらダメな気がした。直感というか本能というか。
というわけで、私は後車両を背に座り二人は前車両を背に座った。

前に座っている二人は十六・七だろうか。白髪の髪に青の目、顔の左に傷があり本人は呪いだと言っていた。名をアレンというらしい。もう一人はオレンジ色の髪にヘアバンドをして止めているみたいだ。右目に眼帯をしていて左目は緑色、少し垂れ目気味のラビ。

沈黙が続いた。
席に着いたとたん私はうつ伏せになっていたのでどうしたのだろうかと顔を上げる事にした。
もしや私の事を気遣ってくれてるのかと思いきや、二人とも寝ていた。

そりゃーもう、ぐっすり。

ちょっと気が抜けてしまった。でも、よくよく考えて見れば戦った後なのだから当たり前なのだが。
「うわっ、餃子の大群が襲ってくる」
ガバっと立ち上がり必死そうな顔。
「どっ、どうしたであるか?」
ドキドキドキ。
見上げるとアレンはキョロキョロと顔を動かし、辺りを確かめているようだ。
「どうしたさ、アレン~」
声の主に視線を移した。目を擦りながらもラビが目を覚ましたようだ。
まだ寝たりないと言わんばかりに大あくびをする。
ラビはアレンを見ているので私も視線を戻した。
まだ、アレンの脳は現実か夢かを把握していない様子。
「餃子の大群なんていないであるよ」
私は、吃驚してドキドキしていた心臓を落ち着かせるように深呼吸をする。
「えっ?」
一瞬のうちにアレンは真っ赤になった。
顔を手で覆い隠しながらゆっくり座ると、隣のラビからゲラゲラと笑い声が響いた。
お腹が苦しいらしく手を回して抱えている。
アレンは、そんなに笑わないでくださいよ。と赤い顔のまま突っ伏している。
「アレン、夢の中まで食べてるんさ?」
ヒーヒーと笑い続けている。
私も可笑しくて一緒に笑っていた。その時だけ先刻の事は忘れていたと思う。

やっとこさっとこラビの笑いも収まり、アレンはやっと顔色が戻ってきた。
急にキリっとした表情に戻ったかと思うと、ラビは私の方に向き直った。
真剣な眼差し、何か聞きたい事があるのかと私も身構える。
「クロちゃん、エリアーデの事聞きたいんさ。でも言いたくなければそれで良い」
ドキッと心臓が跳ねたのが分かった。
愛しさと、切なさと。どちらともいえない心音。
楽しかった日々、幸せだった日々、満たされていた日々。

エリアーデ‐‐‐

「クロウリーさん・・・・・」
アレンは苦しそうに顔を歪ませる。僕達がこなければ、と思っているのだろうか。電車に乗る前にも言われた気がする。その時は何も答える事は出来なかったけど。

コホンと一度わざとらしい咳払いをする。

「では、聞いてもらえるであるか?私とエリアーデの日々を」
遠くに感じるあの頃。ほんの少し前までの二人きりだった頃。
「私達は二人きりではあったが、幸せに暮らしていたである」
少し間をおいて目を伏せる。
思い出が蘇って来る。
沢山の愛をもらった思い出が。
「きっとエリアーデも」

そう、今となってはエリアーデの心情までは分からないから。それでも確かに幸せだったのだと言えるのはあの日々が偽者ではないから。嘘かのように、けれど確かにあった日々。