先日、シェル美術賞展を観に行った。
代官山という場所が今まで自分と縁が薄かった…と言うだけでなく、
展覧会自体も何か違和感を感じた。
去年か一昨年よりさらに似た様な傾向に偏って、
テーマが迷宮に入ったかの様に内向的で厚みがなく、
難しい単語の乱用と何度読んでも意味がつかみにくい文章、
…も目立っていた(と感じた)。
過去を振り返れば、○○会とか、○○展とか、○○表現主義とか、
ブームは確かにあって、時の産物であったり、
どれも外側から見れば違和感があるのだけれど、
こういうコンペで一方向を向いているのは、どうなのかなと思う。
鶏が先か卵が先か時代の先端が、
審査員や学芸員、ギャラリスト他、大人の思惑で動かない事を願う。
感覚的に優れた色感・突飛な造形物は、出会うと衝撃を受けるものもあるけれど、
皆がその才覚を持っている訳ではない(狙うよりやってれば出てくる)。
そこに委ねると“積み重ね”の画力が失われないのかな、と言う余計な心配。
そもそも先は“絵画”ではないのかな、、、と先がどうなるか興味があります。
日本的な平面の良さがバッサリと失われた、今のあり方らしさ。
『20代ってシャットアウトして考え込むより、
なんでも吸収しまくった方が大きくなる時。』
ひたすらスケッチをさせられた時代の我々とは、
全く異なり、通じないのだろうな…と、思わされました。
もちろん、全否定ではなくて、
以前の杉田陽平とか何人かは凄いナーと思ったし、
今回最後の部屋では『玉乗り』 (だっけ?)は、
面白いなー、と楽しんで観てました。