師は外にいる(1) | 脱落しないクリエイター達

脱落しないクリエイター達

「絵描きやめますか? それとも人生捨てますか?」
…じゃないよね。どっちも欲張ろう^^
(元“脱落していくクリエイター達”~2011.09.20)

先日のイベントが終わってホッする暇も短く、
次のステージに行きかけていますが、
あらためて感じた事、残したかった事をまとめていきます。


卒業してからも、
恩師とはお付き合いさせて頂いています。
とは言っても、団体に所属したり学校関係者でもないので、
狭い世界、縁あって外で偶然ばったりお会いしたり、
展覧会の案内を出したり、今回の様に協力を得たり…の程度。
(あら、今考えるとお返しできることは、元気な近況を作品でお伝えするだけですね)

師が審査員を務めるコンクールなどに出した場合は、
(入選などすれば)後から一報入れる事はありますが、
先に作品を見せると言うのは、私はできません
(師もそれで支援する方ではないので、尊敬してます)

ただ、多くの団体・コンクールは人が人のために、
或は美術界を盛り上げる目的をもって運営されているので、
完全な公平はないとしても、存続の為に効果があるのであれば、
それも今は理解できる気もします。


日本の美術・芸術の師弟関係と言うのは、
昔から良くも悪くも繋がりが強いのだと思いますが、

若い後輩と話していて、
「しがらみの煩わしさで団体に所属しない」と聞くと、
少し寂しく思います。

自分も欠けている部分なのですが、
第3者が絵を観て評価してくれる機会と言うのも大事です。
創作は孤独な活動でありながら、
やはり客観的な批評あって切磋琢磨できる。

かと思えば…
先輩後輩専攻問わず、
師、あるいは“尊敬する先輩(作品)”の意見を重要視するのだな、
と已然として変わらない強さを、あらためて感じました。
(とゆーか、世話役との対等な関係の構築あるいは感謝とは逆の場面も度々)

作家さん特有の偉そうな態度も慣れてはいるのですが、
(教授)経由でないとまとまらない風潮は、
小さいグループから大きい組織まで浸透している感じです。

作品そのものの取り組みの姿勢は、
当然ながら学ぶべきことは多く、
日本の美術の真髄の様なものの継承には、
先人の言葉を大切にしたいと思うのですが、

30年前の常識や、
“指導者”を職としている人の
“作家としてのあり方”は
今の作家にあてはまらないことの方が多い。


手探りの時代に入ったと思います。