伊東市長のゴタゴタの話である。

 

地方都市の伊東市は、東京や神奈川県等から比較したら、まだまだコンプライアンスに関しては遅れていると感じる。

 

例えば、伊東の宇佐美に着くと地元のナンバーの車は早い速度で右車線を通行して行く。結構乱暴な運転も平気でやっているように感じる。

運転一つとっても法令順守を余り意識していないのではないかと感じる。

 

従って、市政にも何となくなあなあな雰囲気があったのではないかと思えるのだ。

佃市長時代にも不正があったようだし、小野市長になっても少しズブズブな市政が行われて来たのではないかと思う。

そこへ、メガソーラーの話が持ち上がり気が付かない内に話が進行して行ったのではないか。八幡野で反対運動が起こって初めて事の重大性に気が付いたのだと思う。

 

こうした風土と危機意識のなさから、倫理観のようなものが薄れて行ったのではないかと思えるのだ。

 

田久保氏も、卒業してないのを百も承知で東洋大卒業と経歴に挙げたに違いない。こんな地方都市で、経歴を疑う人もいないだろうと高をくくっていたのだろう。それが田久保氏の致命的は失敗へといざなってしまった。

 

大学時代に田久保氏に少し接点のあった学生が、倫理観からかそれともやっかみもあったのか、指してやろうと考えたのが、今回の告発文になったのだろう。

 

当然慌てたのは田久保氏であるが、今更それを引っ込めるのは、彼女流の独特のプライドが許さなかったのだろう。公職と言う立場での倫理観ではなかったのかも知れない。それも地方都市の持つ特殊性にあると思える。

ようするに都心部から見ると遅れているのだ。

 

現に八幡野のメガソーラーの反対運動も伊豆高原からの発信であった。伊豆高原は、移住者が圧倒的に多い。

本当に伊東市の市政にとってメガソーラーが必要であったのか? 早い段階でメガソーラーの敷設が議論されていれば、伊豆高原だけでなく市内中心部や宇佐美でも反対の運動が起きていたはずだ。

その間10年もの歳月が過ぎていて、裁判にまで発展していたのを一体市内や宇佐美地区の人達がどれほど関心を持っていたのか?

 

移住者の多い八幡野や伊豆高原・富戸の地域の人達は大きな関心事だったのだろう。

 

メガソーラーの敷設により雨水の行き場がなくなれば土石流が発生して、熱海のようになってしまったら大変だ。

今回の市長選で田久保氏が4.131票とったのも伊豆高原の人達が中心であろう。やっぱり八幡野に近い人達は危機意識を持っているといっても過言ではない。

 

次回は、選挙戦での公約の違いについて論じてみたい。