北斗の拳好きすぎるブログ

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北斗の拳を心から敬愛するブログ。

たまに他のアニメも語っちゃいます。





私、記事公開したあと一旦確認するんですけど、








そこはあかんでしょ、エン派遣さんよぉ。




空気読めや!!!










そういやそろそろ6周年じゃね?と思って久々にログインしたらダウンロードがクソ長い。


ダウンロード中暇だったので、スクショして遊んでました。そのうちのお気に入りがこのハート様。





もうRevive熱全然なくて、でも地味にコツコツとやり込んできたから今更やめれなくて、ログインも月1回するかしないかくらいになってたけど、こうやって何体もジュウザ持ってくるあたり、やっぱReviveって感じですよね。















やばない?



ビジュ爆発やん。



えぐいえぐい。



え、かっこよ。



ちょまって。


一旦落ち着こ。




















はぁーーーー。




え、は?



なんこれかっこよ。



うつくし。




待ち受け確定やん。こんなん。





そういえば、好きなアニメキャラいっぱいいるけどその中でジュウザが一番歴長い。

そりゃこんな興奮するよ。


他の人(キャラ)とは積み重ねてきた愛の重みが違う。歴史が違う。


10代の頃から、結婚してからも子ども産んでからも、離婚してからもずっと好きですからね。





30年、ずっと好きですから。



言葉にできない、もう。



言葉にして伝える場ではあるけれどもう語彙力が負ける。


バカになる。


元々バカなのに。









ユリア贅沢やな!!!







鬼滅の刃、観てきました。

公開初日は仕事で行けなくて、1週間後に行ったけどもう特典なかった。くっそ。


※ここから先、ネタバレありまくりです。





鬼滅の刃は漫画で全部読んでいたため、誰がどうやって死ぬのかを知っている。

この劇場版でどこまで進むのかはわからないが、誰がどうやって死ぬのかを私は知っている。

だから、超序盤に無限城の中を柱たちが走ってるのを見てもう泣いてしまいました。


このシーンの前に産屋敷ボンバーで柱たちが集結し、「鬼舞辻無惨だぁーーー」的な感じで総攻撃が始まったんですよね。

柱たち全員の技を一気に見れる機会なんてないですから、やばいやばいやばいなんて思ってたら・・・ベン♪

無限城に落とされ、よくわからない中全員が無惨を探すんです。

ようやく、鬼舞辻無惨にたどり着いた。

一体どれくらいの命が鬼どもに奪われてきただろうか。柱や鬼殺隊の犠牲も計り知れない。

大切な人を失った悲しみ、怒り。己の弱さに打ちひしがれながらも、立ち止まらずに戦い続けてきた。

全ては鬼舞辻無惨を倒すために。


ようやく、ようやく、たどり着いたのだ。


この瞬間を待っていたと、全員が覚悟を決めている。でも、死ぬ。

あー辛い。泣ける。ポップコーンひとつも口に入れれんかった。

こんな感じで入り込んでしまったもんですから、猗窩座が消滅する頃には体中の水分がなくなってたと思います。


書きたいことは山ほどあるんですが、今回は「猗窩座論争」ということで。

まず、やっぱりみんな観にいってて、「鬼滅みた!?」の会話がめっちゃ多かったです。

で、やっぱり今回のメインの猗窩座の話になるのですが、4割くらいの人が「猗窩座がなんでこんな人気爆発してるのか理解できない」と。

だって煉獄さん殺したから。


確かにそうだ、それはそう。

猗窩座好きになったとか言ってるやつ、煉獄さんが殺された無限列車での悲劇を忘れたか!!!って感じだろう。

あの時の涙はなんだったんだ。
コロナ明け、マスクしたまま泣きすぎて息苦しかったろう。汚かったろう。

「俺の責務を全うする!ここにいる者は誰も死なせない!」そう言い、致命傷を受けてるにもかかわらず、心を燃やし、限界を超え、放った「炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄」。
あの時、共に心を燃やしたのではなかったのか。
煉獄さんの想いを受け継いだのではなかったのか。


確かにそうだ、それはそう。


でも、「猗窩座人気」ってそういうことじゃない。
煉獄さんを殺した猗窩座を誰も肯定してるわけじゃないし、煉獄さんを殺したことを仕方ないと許してるわけでもない。

ただただ、同情の余地はありまくりだろうって事なんです。

「鬼だって悲しいんだ」では許されないことをしてる、勿論。

でも、猗窩座が鬼になる前の、狛治だった頃の人生を知って、自業自得だなんて言えるだろうか?


しかも、後々色んな情報が追加される。

猗窩座の血気術の羅針盤は恋雪の髪飾りだとか、猗窩座の技名は花火の名前だとか、猗窩座は女を殺しも食いもしなかっただとか。

同情の余地がありすぎるのよ。


煉獄さんを殺したことは許せない。

でも、父親の病気治すために必死になった結果、父親が自殺して、そのあと拾ってくれた師匠、自分を好きだと言ってくれた恋雪が毒殺されたら、そりゃ頭おかしくもなるよ。

私だって娘や愛猫が毒殺されたら、私に猗窩座と同じ強さがあれば同じことするかもしれない。

そのあと突然現れた謎の男に顔面貫かれて鬼がどうのこうの言われたって、そりゃもうどうでもいいでしょうよ。


そんな猗窩座を、「所詮は鬼」では片付けられない。
それはあまりにも酷だ。

しかも女食ってないのに上弦の参という強さ、鬼になって記憶をなくしても恋雪が根強く残っていること、最期に潔く負けを認めたことも相まって、人気が爆発するのは自然なことではないだろうか?

人の情けというものではないだろうか。


というのを、煉獄さんを殺したからという理由で、今回の映画が微妙だったという人に私は言いたかった。

そう、言ってない。

だって価値観って人それぞれですから。



次回は、鬼滅の刃をみた感想を書きたいと思います。