悲しみのあとに貴方は何をしますか。何か行動を起こせば、何か変わるでしょうか。何も行動を起こさなければ、何も変わらないのでしょうか。そして、その逆境に立たされたとき、ヒトはどのように考え、どのように行動し、どのような人生を送るのでしょうか。
私はまさにその逆境に立っていた。一歩踏み出した先が、崖の下なのか、それとも天国なのか、私にはわからない。

彼女の名前は亜美。よく「あみ」と読まれるけど正しくは「つぐみ」だ。彼と出会ったのは高校3年へ進級するときのクラス替え。今まで何の関係も、知り合いですらなかった男だった。この人と亜美との出会いもこの名前がきっかけだった。席が隣同士だった、ということもある。彼は亜美に消しゴムを借りた。その消しゴムに書いてあった名前を「あみ」と読んだ。それを亜美が訂正した。それだけだった。けれどそれを機に話しかけ合うようになって、仲良くなった、という高校生活上でよくある恋愛要素みたいなものだ。必然的に亜美は彼を意識するようになり、それは彼も同じ事で、所謂「特別な関係」って奴になった。これも必然だったのだろう。亜美は彼を愛していたし、彼もまた亜美を愛していた。大学は県内の別の所に進んだ。遠距離じゃないからだいじょうぶ、と彼は亜美に行った。彼女はそれを信じた。確かに浮気、のようなことは決してなかった。それほどまでに、お互いがお互いに執着、または依存していたのだ。彼らが大学を卒業して、就職して、結婚する、というのは時間の問題だと言われていた。もちろん、ふたりはそのようにしようと考えていた。
「つぐみ、これあげる」
「なあに?」
「ゆびわ。」
「・・・!」
「初めての給料で買ったんだ。受け取ってくれる?」
「あ、ありがとう・・・!」
その指輪はおそろいで、彼ももちろん付けていた。まだ、籍は入れていないけど、披露宴は教会で行うようにした。白いドレスもふたりで選んだ。本当に幸せだった。彼らほど、お互いを信じ合ってる人はいないだろうと、誰かが言った。けれどそれはそうではなかったのだ。ただ、信じるだけではどうにもならないことがあると、亜美は悟った。彼から指輪を受け取った1ヶ月後、彼は事故で死んだ。車に撥ねられたのだ。ひき逃げであった。彼女は犯人を呪った。病院で、白い布をかけられた彼を見て、心臓を失くしてしまったような感覚に襲われた。ああ、私は死んだ、と本気で思っていた。でも、死んだのは彼であって、亜美ではなかったのだ。真っ暗な闇は、突然彼女を飲み込んだ。全て、失われてしまったのだ。彼は、ゆびわだけ残していってしまった。それから亜美はなにをすればいいのか分からなくなった。

もう、何も分からないの

彼女は言った。彼を、目で探してしまう自分がまだいるそうだ。彼が死んでから一周忌、自分でもよく今日まで生き延びた、と思っていた。彼女は今、海が見える丘まで来ている。亜美は喪服で身を包んで、彼の墓前に跪いていた。花と、線香を供える。彼が好きだったバウムクーヘンも一緒に置いた。これ、作るの大変だったのよ、と彼女は呟いた。その響きはただ空気を揺らしただけで、潮の混ざったにおいの風の音に攫われてしまったので、彼に聞こえたかどうかは定かではない。それでも彼女は声を発した。ひとりになることが怖かったのだ。

この花は、あなたと住むはずだった家で育てたのよ。
私、これから先、誰とも結婚はしないわ。
ねえ、聞いてるの?聞こえてるのかな、私の、声。
・・・ああ、これ。忘れ物よ。
彼女は彼の墓に、指輪を置いた。2つ。おそろいのエンゲージリングを。そして言った。


あなたはわたしをおいていってしまったのね
あなたのこえが、きこえないわ


彼女は今、やっと目を覚ました。やはり、風が掻き消してしまった。



海のにおいが続いている。

ワオ、きもす☆