ねぇ
また泣いてたの?

さっきから
ずっと遠くを見てる

どうしたの?

……え?
あぁそうか

体が思うように動かなくて
持病もあって
外に出るのもつらいのね

それで
何もできない自分は
誰かの役に立っていない
そんなふうに
考えてしまったのね

---

それ
しんどいわよね

だって
これまでずっと
ちゃんと役に立とうとしてきたでしょ

家のこと
人のこと
自分のことは後回しにして
動ける範囲で
できることを
ずっと探してきた

それが
体のほうから
もう無理よって
止められただけ

あなたが
怠けたわけでも
投げ出したわけでも
ないのよ

---

昔ね
まさに
こんなふうに
苦しんでる人の前に
立たされたお坊さんがいたの

法然さんって人

この人の時代ね
修行できる人
学問がある人
立派に生きられる人だけが
救われる
そんな空気が
当たり前だったの

その中で
法然が言った言葉が
これ

---

ただ念仏して救われよ

---

当時の言葉だと
少し重たいわよね

今の言葉にすると こう

---

何もできなくてもいい
役に立たなくてもいい
気を病むな

必ず救われるから

---

法然はね
努力した人だけ
価値があるなんて
一度も言ってないの

修行できない人
病気の人
何も成し遂げられない人

そういう人ほど
そのままで
救われてると言ったの

---

つまりね
今のあなたに
置き換えると

今日は動けなかった
誰の役にも立ってないかもしれない
でも
それでいいってこと

---

あなたの価値は
何かを生み出した量で
決まらない

社会に
どれだけ
貢献したかでも
測られない

ただ
ここにいる
それだけで
もう十分なのよ

---

あなたが
生きる価値を
失ったんじゃない

体が
休みなさいって
言ってるだけ


---

今日はね
これでも飲んで

 

 


温かくして

ゆっくり眠りなさい

 

--------------------------------------

法然上人(1133-1212)は

 

平安時代末期から鎌倉時代の僧で

 

浄土宗の開祖です

 

9歳で比叡山に登り

 

43歳まで厳しい修行を続けました

 

しかし自力での悟りの難しさを痛感し

 

「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば

 

誰でも阿弥陀仏の力で救われると説きました

 

学問や修行ができない庶民も平等に救われる

 

この教えは多くの人々に希望を与えました

 

既存の仏教界からは批判を受け

 

晩年は四国に流罪となりましたが

 

弟子たちとともに念仏の教えを広めました

 

優しく穏やかな人柄で

 

日本仏教に新しい道を開いた人物です

 

 

ねぇ ちょっと座りなさい

その顔

今じゃない時間へ

意識が行ってる


どうしたの?

……え?
あぁ
そうか

ふとした瞬間に何年も前の
「あの一言」
「あの時の判断」
「あの時言われた言葉」

 

フラッシュバックして
動きが止まっちゃうんだ
 

 それね あなたが誠実だからよ

これまでちゃんと
人と向き合ってきたから

自分の言葉や行動が
周りに与えた影響を
軽く流せなかった

だから忘れられない
---

ミラレパさんの言葉 

聞いてくれる?

人生のどん底も強い後悔も
全部 抱えたまま0から生き直した

ミラレパというお坊さんが
こう言ってる

過去は追うな

心を今に置け

---
ミラレパさんが言う
「過去は追うな」ってね

反省するな
って意味じゃないの

終わったことに今のあなたの
大事なエネルギーを使わなくていい
っていう いたわりの言葉
---
たとえるならね
今のあなたは
 

もう動かない古い壊れた時計を
必死に直そうとして
今日という一日を全部
使い切ってるみたい
---

過去を悔やんでる時
心は「今 ここ」にいない

遠い昔の戦場をさまよってる

だから
ミラレパさんは
「心を 今に置け」と

自分に言い聞かせた

---
吸い込んだ空気が
鼻を通る冷たさ

座っている椅子の感触

「あ また過去に戻ってたな」
って気づいたら

迷子になった子の手を
そっと引くみたいに
**今の感覚**に戻してあげて

---
これまでの失言も失敗も

今のあなたを形成する
材料にはなった

でもあなたを
縛る鎖にしなくていい

ただ
追いかけるのを
やめるだけ
でいいの

---

今日はね
これでも食べて 元気出しなさい

心も体も労わってね

 

--------------------------------------

ジェツン・ミラレパ(1040-1123)は

 

チベット仏教の偉大な聖者で

 

詩人としても知られています

 

若い頃は黒魔術で人を殺めるなど

 

罪深い人生を送りました

 

深い後悔から師マルパに弟子入りし

 

過酷な試練に耐えながら修行を重ねました

 

洞窟で瞑想を続け

 

イラクサだけを食べて生活したため

 

体が緑色になったと伝えられています

 

最終的に即身成仏を果たし

 

多くの弟子を育てました

 

悟りの境地を歌った「十万歌」は

 

チベット文学の傑作として今も親しまれています

 

罪人から聖者への劇的な変容は

 

多くの人々に希望を与えています

 

 

 ねぇ ちょっと座りなさい

……お疲れさま
今日も 頭 使いすぎてる顔ね

スマホと指先ひとつでさ
いろいろ知っちゃうでしょ

誰が成功したとか
何が流行ってるとか
効率のいい生き方とか
人生の勝ち方とか

頼んでもないのに
どんどん流れてくる

気づいたら
情報の濁流の中で
溺れないように
必死になっちゃってる
---
今あなたに必要なのは

阿難さんの言葉かも

昔ね
「多聞第一」って呼ばれた
阿難さんというお坊さんがいたの

この人本当にすごくてね

お釈迦さまの言葉を一語一句
全部 覚えてたの

今で言えば世界最先端の

情報を持ってる人よ

でもね それでも
阿難さんはお釈迦さまが
ご存命の間に

悟りに至ることができなかった

心はずっと乾いたままだった
---
なんでだと思う?

理由はねシンプルなの

知ってることと
分かってることは
まったく別ものだから


たくさん
知識を集めても

それが自分の経験を
通ってなかったら
智慧にはならないの

 

お釈迦さまがなくなり

張り詰めていた糸が切れて

横になろうとしたその一瞬

悟りに至った

 

その時残した言葉 それが

多聞は智慧にあらず

たもんは ちえにあらず

---
あなたが今 疲れてる理由ね

それ
知識が足りないからじゃない

むしろ詰め込みすぎてる

誰かの言葉
誰かの正解
誰かの人生

それで
自分の声が聞こえなくなってる

---
じゃあ どうしたらいいかって?

ぶっきょうちゃんが
教えるわね

まず 「分からない」を 

大事にするの

ネットに書いてある答えを
自分の答えにしなくていい

「まだ分からない」って認めた瞬間

そこに
あなただけの智慧が
芽を出す場所ができるの


---
 次 「情報の断食」ね

阿難さんが
最後に悟ったのって

全部諦めて
横になろうとした
無防備な瞬間だったのよ

探すのやめた
考えるのやめた
追いかけるのやめた

ただ
雨の音
肌をなでる風

その
何でもない時間が
知識を智慧を育てたの

---
ひとつ はっきり言うわね

あなたは
検索結果の集合体じゃない

誰かの言葉で
自分を飾らなくていい

智慧ってね
自分の体を通して
体験して

「ああこういうことか」
って
腹の底で分かったことだけ

それだけよ

---
 今日は もう 
スマホそっと電源切って

知識を増やすのは
今日はおしまい

これでも食べて 元気出しなさい

コーヒーも淹れてあげる

 

 

今夜は
何者でもない
ただのあなたで
ゆっくり眠りなさい

それで十分よ

-----------------------------------

阿難尊者(アーナンダ)は

 

釈迦の十大弟子の一人で

 

釈迦の従弟にあたります

 

25年間

 

釈迦の側近として仕えました

 

記憶力が抜群で「多聞第一」と称され

 

釈迦の教えをすべて暗記していました

 

釈迦の入滅後

 

第一回仏典結集で経典の編纂に

 

中心的な役割を果たし

 

「如是我聞(このように私は聞いた)」

 

という言葉で多くの経典を伝えました

 

穏やかで優しい人柄で

 

女性の出家を釈迦に

願い出たことでも知られています

 

仏教の教えを後世に伝えた功労者です