ねぇ
ちょっと座りなさい
自分を責めてる顔してる

どうしたの?……え?

また きつい言い方しちゃったのね
本当は優しくしたいのにイライラが先に出る

介護してるのに感謝もされなくて
どす黒い感情が湧いてしまう

それで
そんな自分は最低だって
責めてるのね

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しんどいわよね
毎日 終わりが見えない
体も心も削られる

優しさはね
余裕があるときに出るものなの
あなたが壊れかけてるから
優しくできないだけ

性格じゃない 疲労よ

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昔ね
救いは
立派な行いの量で決まるんじゃない
そう言った 善導さんっていう

お坊さんがいるの

その人の言葉

往生は信心にあり 

行いにあらず

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今の言葉で言うと

あなたの価値は

あなたの振る舞いや行いによって

決まるんじゃない


どれだけ完璧にできたかじゃない
ということ
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ねぇ あなた

怒鳴ってしまったあと
ちゃんと胸が痛むでしょ

それ
ダメな人の反応じゃない

大事にしたいって思ってる証拠よ
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介護を全部笑顔でやれる人なんて
ほとんどいない
きれいな感情だけで続くものじゃない

愛情と
疲れと
怒りと
罪悪感が

ぐちゃぐちゃに混ざるのが
人間よ

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もっと優しくしなきゃ

もっと出来た人間にならなきゃ

そんな思いが自分を苦しめてる
でもね


どす黒い感情が出てきてもいい
それでも投げ出さず
今日も一生懸命 介護してる

それがあなたの本質よ

一番大切なことができている

これ以上の価値はないわ
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だから

もっと優しくしなきゃ と思ったときも

もっとできた人間にならなきゃ と思った時も

今のこの状態が限界だ と一度認めてみて

自分を責めるフェイズから離脱するの
 

介護はこの先も続くとしても

自分を責めるという

荷物は肩から降ろせるから

だから 1日の最後に自分を罰するようなことは

もう今日でおわり

 

これでも食べて 心の糧にしてね

 

 

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善導大師(613-681)は

 

中国唐代の僧で

 

中国浄土教の大成者です

 

幼い頃から仏道を志し

 

各地で修行を重ねました

 

道綽禅師のもとで

 

浄土教を学び

 

念仏三昧の境地に達しました

 

『観無量寿経疏』などの著作で

 

阿弥陀仏の本願と念仏の

 

教えを体系化しました

 

「一心専念弥陀名号」と説き

 

ひたすら阿弥陀仏を

 

念じることを勧めました