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釈放後は仕事に励み、1971年にシカゴのノーウッド・パークの近くに家を購入、自分の建設ビジネスを興した。持ち前の勤勉さで会社を軌道に乗せると、高校時代から知っている女性と結婚、彼女の連れ子二人も共に暮らし、地域でも尊敬される存在となっていった。
また、休みには道化師「ポーゴ」に扮し、福祉施設を訪れるなどして子供達の人気者でもあった。
彼の証言によると、このころ初めての犠牲者に出会ったようである。彼は少年たちを家に誘って強姦し、その後に殺害していた。


2度目の結婚も離婚に終わっている。
1978年、ゲイシーの会社のアルバイトの面接へ行ったまま行方不明になった15歳の少年、ロバート・ピーストの行方を追っていた

その罪を認め

自供を受けてゲイシー宅の強制捜査が行われた結果、29人は家の床下から発見され、他の4人は床下にスペースがなかったので近くの川に捨てたことが明らかになった。ロバート・ピーストの遺体もそこから引き揚げられた。
被害者の多くは男娼であり、数人は彼の会社でアルバイトをした10代の青年、最も若かった犠牲者は9歳で、20歳の青年が一番年齢の高い犠牲者であった。9体の遺体は状態が悪かったために身元が明らかになることはなかった。

法廷で12回の死刑判決と21回の終身刑判決を受けたが、数百万ドルに及ぶ莫大な資産を利用して、20回以上の上訴と模範的な服役生活により刑を免れ続けてきた。

John Wayne Gacy

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