dddさんのブログ
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心に余裕を

淀みなく流れる時間の中で、人がやさしくなれる時間はどれだけあるのだろうか?
人は生きるために働く。そのために知識を得る。
それを繰り返し、人は成長して行く物だと思う。
一生が勉強と言うけれど、その中で自分を切り詰めて行くと悪いサイクルの中にはまってしまう。
人には休憩が必要で、それを怠るとすべての物事が窮屈になって行く。 

そんな時は気持ちを落ち着ける事が大事で、人としてやさしくなる瞬間が必要。
何が休まる時間なのか?やさしくなれる瞬間とは?

気持ちが落ち着いている時こそ心は大らかになる。
そんな時、人と接するときっとやさしい人になっていると思う。
忙しい中にいると、きっと冷たくなったり邪険になったするものだと思う。
疲れる時代だから…忙しくなる自分がいる。
忙しい自分がいるから…うまく行かない事が多くなる。
だから安らぐ時間が必要で、そんな時はやさしい物に触れていたい。
人間の心の中は狭いから、きっとやさしい物事に触れる事が大事だと思う。
それは愛情かもしれないし、性欲かもわからない。一本の映画かもしれない。
心はエネルギーだから、その源は大事にしたいと思う。

何かを感じたい

好みは人それぞれあって、好きな物があれば嫌いな物がある。
好みが違うからもちろん自分に合わない物や人がいる。

僕が綺麗だと思う物。
誰も手に欠けなくなった物。
それが廃墟だったり、自然に淘汰された物だったり。
それが怖いと思う人がいる。
感じ方は千差万別だからそれで良いんだと思う。

逆に僕が何も感じない物だってある。
みんながすごいと思っても自分が感じない物。
すごい絵だと言われても、まったく感じなかったり。
それは僕の感じ方だから仕方の無い事。

最近目の前の風景をモノクロで想像してみると綺麗だったりする。
いつもの通り道でもモノクロにすると楽しく見える。
色覚障害の人には申し訳ないのかもしれないけれども少し羨ましかったりする。
自分が経験出来ない事だから、そんなふうに感じるんだと思う。

すべてを美しく見る事が出来る人がいたら、
その人の目には、この世のすべてが美しく見えるんだと思う。
そんなふうに世の中が見えたらきっと何もかもが楽しいんだと思う。
そんなふうに見てみたいから色んな物を感じたい。
何かが足りないから僕にはわからなくて、
誰かが感じるから誰かが何かを好きな訳で
自分もそれを感じられたら、もっと楽しい日々を感じられると思う。

失って気付くもの

あと何回、自分の大切な人に逢えるんだろう
僕にとって大切な人は

父さん、母さん、姉上

上京して、年に1、2回しか逢えなくなった大切な人達。
懐かしい思い出です。

人はどれだけ生きられる?
5年の人も入れば、90年生きる人もいます。

自分の大切な物は?
5年しか生きられないならもう片手で数えるくらいしか逢えません。
10年しか生きられないなら両手で数えるくらいしか逢えません。
1年以内だってあるかもしれません。

それはいつか分からないけど人や物は、永遠には生きられないからいつか終わりを迎えます。
それがいつかわからないから今出来る事があるんだと思います。

『失って気づくもの』に失う前に少し気付いたんだと思います。
だから僕は大切な物に、遠くからささやかなプレゼントをして行きます。
いらないとは言うけれど、喜んでいる顔は目に浮かぶんです。
電話越しに後ろで騒いでいれば僕も嬉しいではないですか?
もっと何かが出来ると考えるではないですか?
そんな笑顔されたら懐かしくて泣けてくるではないですか。
それが僕の生きる力になる。

もう僕には何も無くて、何もいらなくて、未来も無くていい。
だけど僕を過去に縛り付けていて欲しい。
それ以外に僕は生きる理由なんてないから。
大切な物が無かったらもう僕は死んでますよ。
楽しい事なんてもう無いから。
楽しかった18年はすべて大切な人にもらいましたから。

だからまた帰った時に良い笑顔見せて下さい。
もうその笑顔に何回逢えるかわからないから。