銀座は、華やかな欲望が渦巻く街だ。
渋谷、六本木あたりなんかは、薄汚いヘドロのようなのっぺりとした欲望が沈殿しているのものだが、
銀座は、それとは異なる。
それは店側も一流であり、同時に、客も一流であるからだろう。
中途半端な欲望だけで、この街を歩くと、しょうもないことになる。
自身、一年ほど前に、
競馬で当てたデカイにわか銭を持って銀座で遊んだ夜があった。
ふと目についたクラブに入り、
ねーちゃんたちとワイン、シャンパンを空けた。
私の財布には、単勝9番人気カワキタコマンダーというお馬さんに勝たせてもらった、
諭吉30枚が控えている。
どうせ汚い金なので、一晩で使い切るか、
これを種銭にして、川崎に札でも打ちにいこうかと考えていた。
銀座の店に入って、小一時間が過ぎた頃、隣についた女の子。
どこかで見たことがある。
端正な顔立ちで、かなりの美人である。
どこで会ったかものか。合コンか、別の店か。
ふと、その女の子が、僕の耳元で囁いた。
「M君やんな?」
関西訛りのその言葉で、ハッと思い出した。
彼女は、私の高校時代のクラスメイトであった。
高校三年生の時、私たち二人は席が一番後ろで、
授業中に二人でよく、あだち充の「タッチ」を読んでいたものだ。
そんな懐かしい情景が不意に思い出された。
10年振りくらいだろうか。
彼女は、高校を卒業後、着物屋さんに勤めたと聞いていた。
しかし、こんなところで会うとは。
彼女は、綺麗になっていた。
一方で私は、ぶらぶらと賭博ばかりを打っては借金をし、
それを返す気もなく飲み歩くという、小汚い男であった。
少し恥ずかしい気もあったのだろう。
また、同時にかつてのクラスメイトに、
男としての尊厳を見せたかったのかもしれない。
私は、彼女のために、ドンペリを2本入れた。
彼女は、少し困惑した表情になっていたが、
それでもはにかんだ笑顔を見せてくれた。
結局その晩だけで、カワキタコマンダー君の頑張りは、ふっとんだ。
ただそれと引き換えに、その夜、私は彼女の部屋に泊まった。
かつての高校時代の旧友と抱き合うついうことは、
刺激的でもあり、どこかノスタルジーを増幅させる行為でもあった。
彼女の物憂げな吐息は、私をかきたてた。
明け方、彼女のマンションを出て、
とぼとぼと地下鉄の駅に向かう道のなんとも言えない空気、
それは、東京という街の孤独、
銀座という街のとてつもない欲望の中に翻弄されるちっぽけな人間の心そのものであった。
それからしばらく、
僕は彼女の店に通い、そうして、彼女の部屋に泊まった。
半年くらい、そんな関係が続いた。
金は、消費者金融から引っ張るか、
賭博で得たものであった。
私の借金が、300万を超えたあたりの頃、
彼女からメールがきた。
短い文面であった。
「もう、会えないから」
彼女は、馬鹿な女ではなかった。
(自分が抱いた女を贔屓目で言っているのではない)
やんごとなき理由が、そこには介在したのだろう。
私は、メールの返信もしなかったし、
もう店に行くこともやめた。
結局それ以来、彼女には会っていない。
もちろん、男と女の関係である。
会いたい、と思う夜もある。
だけど、そこは踏み込んではいけない聖地なのだろう。
昨晩、銀座のバーで、
韓国籍の男と一杯やっていたら、そんなしょうもないことを思い出した。
朝方、バーを出て、ふらりと銀座の街を歩いたら、
あの頃感じていた、彼女のマンションから駅に向かう道の空気を思い出して、
なんだかなーと思った。
こんなくだらない男でも、ひとりの女を想う夜がある。
また、どこかの酒場で出会うことがあったなら、
その時は、お互い知らないフリをして、グラスを合わせられたらいい。