―お主は、何故強くなりたいのか?
刀に付いた汚れを払い鞘に納める。今しがた、森を荒す不届き者を始末したところだ。正直なところあまり争い事は好きではないし、手荒なことも出来ればしたくないと思う。況してや破壊するために刀を振るいたいとは思わないのだ。そんなことを考えながらボーッと目の前に横たわる息絶えた其を眺める。
ガサガサと草木を揺らす音にゆっくりと後ろを振り返る。
「う、うわあああぁぁ・・・!」
数人の子どもの叫び声共に慌ただしくこの場を去る足音が聞こえた。
「今のを見ておったのか・・・。」
不届きも者とは言えど、姿かたちの有るものを惨たらしく切り捨てる様を見ていたのだ。さらにその遺体を眺める様など子ども達の目には、自分の方がよっぽど悪者に見えただろう。
小さく溜め息をつき、遺体の回収をしようと腰を落とす。血の海に横たわる其に手を伸ばしたその時だった、再び草木がガサガサと音を立て、自分の前に一人の人物が飛び出してきた。
燃えるような赤毛に新緑の瞳。先程の子ども達と年頃も変わらないであろう少年が自分の前に立ちはだかる。いかにも子どもらしい穢れを知らない瞳で真っ直ぐとこちらを見据える。手には太めの木の枝を握りしめている。頬に貼られた絆創膏からこの少年のやんちゃさが見てとれた。
「おい、そこの天パ野郎・・・俺の仲間に手ぇ出してんじゃねーぞ?」
飛び出してくるなり少年は捲し立てる。どうやらこの少年も自分のことを悪者であると勘違いしているようだった。小さな両手で木の枝を握りしめこちらを威嚇する。しかしそんな少年を無視して再び遺体に手をかける。
「おい!無視してんじゃねーぞ!」
その様子を見た少年がさらに捲し立ててくる。
「坊主よ・・・そのような木の枝1つで、わしのような大人相手に何ができる?早くこの場を去るんじゃな。」
そんな様子を一瞥し小さく息を吐くと、悪者であるということは否定せずに静かに呟く。
「ダメだ!俺が逃げたらあいつらが危ねえ・・・!」
あいつらと言われ考える。先程慌ただしくこの場を立ち去った子供たちの事だ。
「あやつらは友か?仮にわしがあやつらに手を出したとしても、お主にそれを止める手立てはない。大人と子どもでは力の差が歴然じゃ。命が惜しければ大人しく去れ。」
なかなか引こうとしない少年に、殺気を放ちながら刀に手をかける。もちろん抜く気はない。相手を牽制するためだ。しかし逆効果だったようだ。
少年の士気は高まり、先程にも増して鋭い目付きでこちらを睨む。小さな身体は私の放った殺気に怯んでいるようだったが、その足はその場に踏みとどまっていた。
「俺は逃げねえ、後悔しない生き方をするって決めた。俺が逃げたことによってあいつらを失うことになるくらいだったら、例えお前に勝てる可能性がすげー少なくても、死んでも俺が絶対ここでお前を止める!」
"後悔"という言葉に心が動く。
自己犠牲なんてエゴだ。
自分を犠牲にしてしまっては、後悔することさえも出来ない。
本当に守りたいモノは自分を犠牲にしても守ることは出来ない。
結局、力がなくては何も出来ない。
そんなことは嫌と言うほど感じてきた。数年、数十年、数百年と生きるうちに、何度失い、何度後悔し、何度強くなったことか・・・
それでも後悔は尽きない。いつまで経っても失う一方である。
まだ何も知らない少年はそんなことを簡単に口にする。まるでかつての自分を見ているようだった。
―――刀を抜く。
鞘から抜かれた刀は日の光を受け鋭く光る。ゆっくりとその刀身に映る自分と、目を合わせながら刀を構える。その様子を見て、この赤毛の少年は木の枝をぎゅっと握り直す。もちろん切るつもりはない。もしかしたら未だに見つけられないでいる答えをこの少年に求めたのかもしれない。この少年の剣を受け止めたいと思った。
刀に力を込める。まるでそれが合図になったかのように、少年が木の枝を振りかざし飛びかかってくる。
最初の一太刀目を軽く右に躱す。当たり前だが少年の振りは大きく、太刀筋が丸分かりである。
自分は刀を振るうまでもなく、次々と浴びせられる少年の斬撃を躱すことに徹した。
それでも少年は諦めることなくこちらに食い付き、攻撃を止めなかった。
やがて少年の小さな身体が息をあげ始める。その様子を見て再び刀を真っ直ぐ構え、ひたすらに少年を見据える。
「坊主よ正面から来い。」
その言葉に少年も上がっていた息を整えると、手に握る気の枝を握り直す。
「お主は、何故立ち向かう?」
「さっきも言っただろ。大切なもんをこの手で守るためだ!」
そう言うと少年は勢いよく振りかぶる。結果は言うまでもない、刀と木の枝、大人と子供では力の差は歴然である。
少年の斬撃を受け止めた私の剣の勢いに跳ね返され、少年の手から気の枝がこぼれ落ちる。それと同時に少年の身体は大きく後ろに反れそのまま勢いよく倒れる。
びちゃっと鈍い音を立て、少年の身体は大地に沈んだ。
どうやら先程始末した不届き者の傍らに倒れたらしい。
血の海に腰をつく少年を見て申し訳ないと思ったのも束の間、次の瞬間全身の血がカーーッと熱くなるのを感じた。
「こんくらいでやられてたまるか。ぜってー負けねぇ・・・!」
次の瞬間少年は血の海の傍らに放置されたままになっていた真剣を手に取る。小さな身体に余る大きな刀を振りかざし向かって来ようとする―――
「それは人を守るための道具ではない!!」
気付いたときには大きな声で叫び、そして構えられた少年の刀を力強く殴り払っていた。刀を強く握っていた少年もまた、そのまま刀と一緒に吹っ飛ぶ。やがて宙に浮いた少年の身体は近くの古木にぶつかると鈍い音をたてて崩れ落ちた。
やってしまった。
――――――――――
うわああああっ
近くで少年たちの悲鳴が聞こえる。あいつらは無事に逃げ切れただろうか?
「うっ・・・」
全身に鈍い痛みを感じ、ぼんやりとした意識の中から呼び起こされる。
ゆっくりと瞳を開くと、ゴツゴツとした岩肌が目に留まる。自分が身体を預ける背中もまた、少しボコボコしていてひんやりと冷たく、ここが洞窟の中であると分かった。
「坊主よ、気が付いたのか?」
突然かけられた声に驚き、首を左右にキョロキョロと振ると、洞窟の入り口に位置する場所に一匹の狼が佇んでいるのが見えた。
「・・・・狼?」
よく見ると普通の狼よりも幾分か大きく、毛並みは美しく、淡く緑色に輝いていた。そもそも人の言葉を話している。俺は知っている、彼らは精霊と呼ばれるものの類いだ。
「狼・・・とは少し違うな。」
その言葉で確信に変わる。
「じゃあ精霊ってわけだな。」
「ほう・・・精霊を知っておるのか龍の子よ?」
なっ・・・そう言われ驚く。今は人の姿をしているし、人形(ヒトガタ)をとるのは苦手ではない。
「何年も生きておれば見破るなど容易いことだ。」
口に出す前にこちらの表情を読んだ彼が答えた。そうか、と小さく息をつき肩を落とすと、ズキッと鈍い痛みが背中にかけて走った。
「・・・・ってぇ
「まだ動かぬ方が良い。背中を強く打ち付けておる。しばらくは安静にしていなさい。」
言われて先ほどまでの出来事を思い出す。
「は!!あの天パ野郎は?!あいつらは無事に逃げ切れたのか?」
そういうと目の前の狼はすうっと目を細めた。やがて一息つくと、ゆっくりとした調子で話し出す。
「わしが駆け付けた時には倒れているお主以外は誰もいなかった。少年たちは無事じゃ。」
そう言われるなり勢いよく立ち上がる。全身に刺すような痛みが走ったが、構わずそのまま入り口へ向かおうとする。
「待ちなさい・・・!安静にしておれと言うたじゃろうが。」
しかしすぐに彼が入り口をその身体で塞ぐ。
「おい、どけよ!!」
大きな声で叫ぶ。
「何を急ぐ?少年たちは無事じゃと言うておるだろうが・・・・。」
「何を根拠に無事だと言える?天パ野郎を取り逃がしてる時点であいつらの身は安全とは限らねえ・・・っ!」
大きな声を出したためなのか、突然動いたためなのか、立っていられないほどに身体が痛み出す。たまらずその場に崩れ落ちてしまった。
そんな様子を見た彼はこちらに寄ってくると、俺の背中に軽く鼻を押し当てる。とんっと軽く押し出された感触を感じると、痛みが嘘のように引いていくのが分かった。
「・・・っ
どうやら自分は思ったよりも強く身体を打ち付けたらしい。
「お主のことを心配した子ども達が戻ってきた。わしはそやつらを安全な場所まで送り届けた。その場所を動かぬ限りは安全じゃ。何より・・・・いや、違うな。お主は何故そうまでして守ることにこだわる?」
こちらが口を開く前に彼に話しかけられる。
「・・・・・・俺の力が及ばずに大切なものを失うのはもう嫌だ。」
本当は今すぐにでも走りだしたかったが、彼の言うように今の自分の身体ではそれは困難な事のようだ。そこで一旦は彼の言葉を信じ質問に答える。
「失う悲しみや辛さを知っておるのか?大切なものとは何じゃ?それはお主一人の力で守りきれるものなのか?」
「友達も仲間もみんなだ。・・・・今の俺じゃ無理だ。俺は弱え・・・だから強くなりてえ。」
妙に詰め寄られる事に違和感を覚えつつも彼の質問に答える。
「強くなったら仲間のためにどうする?目の前に憎い仇が現れたら?例えばわしがあの時の奴だと知ったらお前はどうする?」
俺は放たれた凄まじい殺気に身を強ばらせた。
――――――
――仲間のためにわしを殺すのか?
そう、少年に問いかけながら地狼の姿を解き、ヒトガタへと戻る。少年は身体を強ばらせ驚いたように目を見開いていたが、すぐに強い視線でにらみ返してきた。
「殺さねえよ。」
少年はすぐに答えた。何故?そんな風に答えられるのは少年がまだ若いからである。少年はまだ世界を知らない、戦争を知らない、戦うことの意味を、武器を手にすることの意味を知らない。やはりこの少年に問いかけたところで答えなど出ないのだ。
「それではダメなんじゃ、時に殺さねばならぬ時がある。すべての敵が殺さずとも追い詰めれば戦意を喪失する訳ではない。」
「おめえバカじゃねえのか?それじゃ意味ねーだろ?」
続けて放たれる少年の言葉に、こちらが放とうとしていた言葉を飲み込む。
「俺にとっておめーが敵であっても俺にお前の命を奪う権利はねーよ・・・・どんな奴にも家族がいて、友がいて、大切なやつがいるんだよ・・・それを俺が奪っていい道理なんてねえよ。殺すための強さじゃねえ。」
相変わらず強い口調であるが、少し俯きがちに少年はいい放った。
そうだ、少年の言う通りである。誰にも命を裁く権利などないのだ。"殺さずに守る"それが出来ればどれだけ素晴らしいことか。だからこそ後悔が尽きない。時に殺したことを後悔し、時に殺さぬことを後悔した。
「相手を殺さず、仲間も傷付けさせないか?誰の命も奪われない世界・・・・そんなのは理想じゃ。」
本心だったと思う。特にここ最近はずっと考えていた事だ。これほどまでに長い時を生きようと答えを見つけられずにいることは山ほどあるのだ。殺さずに守ること等出来ないのだと諦めようとしていた。口に出すことで張り詰めていた何かが音を立てて崩れ去ろうとしていた。
「るせえ!!!!!!!!」
少年がこの洞窟の岩をも砕きそうな大きな声で叫ぶ。小さな身体から放たれた気に一瞬気圧され半歩後退した。
「んなことは分かってんだよ。俺に力がねえことも、殺さずに守るってことが難しい事だってことも、俺が言ってることは理想なのかも知れねえ・・・・
でもそれはおめーが決めた限界だろ?俺はまだ何もしてねえ、やってみないと分かんねえ・・・。例えこの後待ってる道が後悔や苦悩にまみれてようと、弱えままでいること以上の後悔はねえよ。自分の弱さに後悔する生き方だけはぜってーしねえ。」
強い意思を持った少年の言葉にはっとする。自分が決めた限界・・・確かにこの問題には答えや正解、終わりなどはないのかもしれない。強さに限界はない、そのため争いもまた限界がないだろう。そこに意思を持つ生物が存在する限り、誰かが何かを守るために戦い、その中で失われる命もあるだろう。世界は広い。すべてをこの手で
守ることは恐らく、出来ない。しかし少年の言うように自分が強くなることをやめてしまったのであればきっと何も変わらない。危うく更なる後悔を重ねるところだった。
「クッ・・・・・ハッハッハッハ。」
「な、なんだよ?人が真面目に答えてやってるのに・・・・!」
よもやこんな少年に道を正される日が来ようとは・・・
「少年よ、わしの元で修行をしてみる気はあるか?」
刀を抜き、真っ直ぐと少年に突きつける。
「・・・・っ!」
ごくりと少年が唾を飲む音が聞こえた。少年の肩が微かに震える。
「震えておるのか?強くなりたいのじゃろう?わしも危うく忘れるところじゃったわい。己の弱さこそが一番の後悔じゃ。お主になら"これ"を教えてやっても良い。決めるのはお主じゃ。」
そう言うと手にしている刀を寝かせ、鋭く光る刃に少年を映す。
「・・・・おめーはきっと悪い奴じゃねえ。」
「それを決めるのもお主じゃ。」
「あいつらが無事なのは本当なんだな?」
小さく頷く。
「疑って悪かった。それから手当てをしてくれて助かった。」
そう言うと少年は腰を落とし膝をついた。真っ直ぐとこちらを見つめるとやがて深く頭を垂れる。
「ものを頼むにはこれが流儀だ。強くなるために俺に修行をつけて欲しい。」
見た目に似合わず義理深いところもあるものだ。
「顔をあげなさい。この道は厳しい・・・きっとお主はこれからたくさんの後悔を重ねることになる。それでもやるか?」
刀を鞘に納め、こちらも腰を落とすと少年の肩に手をかけ問いかける。
「やる!さっきも言った通りだ。自分の弱さに後悔する生き方だけはぜってぇにしねえ!」
即答する少年ににっこりと笑いかける。
「そうか、ではさっそく身体が治ったら修行を始めよう。まずはゆっくりと療養しなさい。」
身体を休めろと言う言葉に少し不機嫌な顔をしたが少年は黙って頷いた。
「時に坊主よ、名は何と申す?」
「炎樂だ。」
はっきりとした口調で少年が答える。
「炎樂・・・・強く燃える炎のような意思を持ったお主にはぴったりの名じゃな。」
まだ少し危なっかしくもある若き小さな意思をただ素直に嬉しいと思った。
(完)
