その97  タイトルがオーバー、かな。 | あなたのとなりにいる 中年男子の本棚

その97  タイトルがオーバー、かな。

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 橘玲



『伽藍(がらん)を捨ててバザールに向かえ!
恐竜の尻尾のなかに頭を探せ!』 って、なんのこっちゃ。


読了後、話がいろんな方向に飛んでよく分からなかったから、書いてあることをまとめて整理してみました。(以下まとめ)


 自己啓発は人が皆、無限の能力を持っていて、知能や性格が教育によって開発できることを前提としている。だが行動遺伝学では次のように言う。「やってもできない」

 適性に欠けた能力は、学習や訓練では向上しない。努力に意味はない。やっても出来ないのに努力することは、単なる時間のムダではなく、殆どの場合は有害だ。とやっても出来ない事実を認め、その上でどのように生きていくのかの「成功哲学」を持つべき。

 私たちの性格は子ども時代の集団のなかで形成され、思春期になって完成する。ひとたび思春期を迎えると、それ以降死ぬまで人の性格は変わらない。なぜならそれもまた、進化の過程で選択された最適戦略だからだ。

 友だちとは時間軸だけでなく、空間的にも排他的な人間関係なのだ。友だちになるには、同じ時間と場所を共有していなくてはならない。

 困った時に本当に役に立つのは強い絆の「コネ」ではなく、弱い絆の「紹介」なのだ。

 ひとはみんな、自分が特別だと思っている。どれほど冷静沈着のひとでも「自分を中心に世界が回っている」という錯覚からは逃れられない。だから宝くじが売れるのだし、詐欺に引っかかる人が絶えない。

 世間から隔離された伽藍(社会)のなかで行われる日本式ゲームでは、せっかくの評判も外の世界には広がっていかない。それに対して、バザール(グローバル市場)と舞台としたゲームでは、評判は国境を越えて流通する貨幣のようなものだ。これから様々分野で評判獲得ゲームがグローバル化するだろう。仕事はプロジェクト単位になり、目標が達成されれば解散するから、会社や大学のようなムラ社会の評価(肩書き)に誰も関心を持たなくなる。

 マサイ族の幸福は、一人ひとりが部族共同体から認知され、尊重されている事からもたらされる。それは彼らが、愛情空間と友情空間の中に生きているからだ。人生にとって大切なもの(愛情や友情)は貨幣空間では見つからない。これが、お金が幸福の十分条件ではない理由だ。

 僕たちが他者の評価(承認)を求めるのは、幸福がそこにしかないからだ。

 高度化した資本主義社会では理論・数学的知能や言語的知能など特殊な能力が発達した人だけが成功できる。こうした知能は遺伝的で、意識的に開発することはできない。すなわち、やってもできない。

ところがその一方で、金銭的に成功したからといって幸福になれるとは限らない。ヒトの遺伝子は金銭の多寡によって幸福感が決まるようにプログラムされているわけではないからだ。ひとが幸福を感じるのは、愛情空間や友情空間でみんなから認知された時だけだ。

 都市化と産業化によって友情空間(政治空間)は貨幣空間に浸食されてきた。もはやかつてのムラ社会には戻ることは出来ないが、情報テクノロジーの発達によって、貨幣空間が友情化してきた。フリーで効率的な情報社会の到来は、全てのひとに自分の得意分野で評判を獲得する可能性を開いた。だったら幸福への近道は、金銭的な多寡は気にせず、好きなことをやってみんなから評価してもらうことだ。

 「好き」を仕事にしたいのなら、ビジネスモデル(収益化の仕組み)を自分で設計しなくてはならない。(ここまでまとめ)


 つまり、この本で述べているたったひとつの方法とは、「ニッチな世界でトップになれ(小さいロングテールの頭を目指せ)」と言うことだ。で、成功しなくてもその慰みが、「幸福は金を得ることではない。ましてや金を得るために能力を磨くことでも得られない。他人の承認を得ることだ。」ということになる。


 読み物としては非常に面白いけど、結論をそんなにもったいぶらなくても良いような気がします。

この本のわかりやすさ ☆×3

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法
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