ネアック・ターの馬と船の話 | カンボジアの物語

ネアック・ターの馬と船の話


私の父はいつも、ふるさとの村や村の人が

ずっと信じてきた信仰の話をしてくれたものです。

父のふるさとでは、ほとんどの人が農業にたずさわっていました。

雨季には、田畑は見渡す限り水に覆われ、

村人は船で移動しなければなりませんでした。

誰かが亡くなると遺体を棺に入れ木のてっぺんに置き、

乾季になってからおろして火葬や埋葬をしました。

年に一回、土地神ネアック・ターをまつる儀式を行いました。

村人や、祠のそばに放牧している牛や水牛を守ってもらうためでした。

牛や水牛がいなくなることはほとんどありませんでした。

泥棒が盗みに来ても沼で迷ってしまい、

そこで追いついて取り戻すことができたのです。


 儀式はたいてい祠の近くの沼のほとりで行い、

楽器を演奏したり、食べ物を供えたりしました。

お祈りとお供えが終わると、

村人はいつもネアック・ターの馬や船を見たがりました。

正しくないことを祈ったり、約束を守らなかったりすると馬や船は現れず、

正しいことを祈れば見ることができたのです。

ネアック・ターの船はその沼に住む大きなワニでした。

でもそのワニは、ネアック・ターが世話していたので、

人を食い殺すようなことはしませんでした。

ネアック・ターが出かける時はそのワニに乗って行ったのでした。

ネアック・ターの馬は一頭の大きなトラでした。

船を見せてもらえる時はワニが岸の木まで這い登ってきました。

子どもたちが怖がると、大人たちは船を持ち帰ってくれるよう頼みました。

そうするとワニは降りて沼の中に消えました。

馬の場合も同じで、トラが祠のところに現れるのでした。

ワニやトラが立ち去るとき、人々は感謝し、音楽を演奏して見送りました。


 しかし、やがて、どんなに音楽を奏でようとも、

ネアック・ターが乗り物を見せることはなくなってきました。

ネアック・ターはある老人に憑依してその口をかり、

邪魔をする人が多いのでここから去ることにする、

と告げたのでした。