もう、今日で日本は、身の毛もよだつあの忌まわしく恐ろしい災害の日から20年という月日が経過したのですね。。。
考えてみれば、2011年の東日本大震災からも、もう4年の月日が経とうとしているのですね。
地震・・・本来、それは自然現象のはず…。科学知恵・技術を正しく使って、
それを、たくさんの方々の命と健康を脅かすものから守れる力に変えられたら
どれほど尊いことかと日々考えさせられます。
太古から人々は、土地の上に住居を建て、自然と共生し、そして時には自然の猛威に
何もかも押し流され、とそれを繰り返し、
そこから学び、
貴い犠牲に涙して、
それでも立ち上がりここまで歩いてきた、と思うのですが、
いつでもまずは経済活動と利害が優先されてしまう現在の世の中の構造の中においては、
個人個人に自己防衛の責任が大きく持たされてしまった居ることもまた、
何となく歯がゆいような思いがしたりします。
以前、タレントの東貴博さんが、「や○すぎ都市伝説」という番組のなかでされていたお話が大変興味深く、地名には、その土地に何が起こったのか、どういう土地なのかを
後世の人達に伝えるためにつけられたのに、伝わっていないというのを、非常に考えさせられながら視聴しました。
人間の記憶というものは、喉元を過ぎる熱さを忘れて時とともに風化してしまいますが、
地名は簡単に消えない、そういう昔の先輩たちの想いがこめられていたのかもしれない。
とそう思いました。
地球自体がそもそも人間がゼロから作り出したものではないので、
絶対に完璧、絶対に安心・安全という理想の環境ではなく、むしろ、脆弱で移り変わる
基盤の上に科学の力を応用して、共生させてもらう形で、町や住居を建設していることを忘れてはならず、
それがゆえに過去の事故・災害による経験からの学びを政府・国が主導する形でまとめ建物や町の建設計画の立案に反映できる世の中になっていくといいですね、と
また、国民の理解や同意も得られるよう、
日本のマナーや思いやりは素晴らしいと、海外の方々から言われますが、
もっともっと災害のときに発揮された、あのお互いに利害など何も考えずに
お互いに大事な家族を守るために助け合う、譲り合う心を、小さいころからの当たり前として
心の中心に据えられるよう、啓蒙と教育が進むといいなと思ったりしています。
我々、一人一人は、その生きた経験や実体験の語り部としてはいつかは消えてしまいます。
東さんのお話のような地名も簡単につけることはできないかもしれません。
しかし昔と違って、現代には色々な便利な機能やツールが色々あります。
科学技術の力を正しい形で使って、その恩恵により少しでもこのような想いを後世に形に残していくことで未来の誰か一人の命でも救う助けになればいいなと思ったりします。
毎年この時期に阪神淡路大震災のときの映像を見ると、あの災害によってどれほどの
貴い愛が失われたのだろうと、想像しただけで涙が溢れ出てきます。
貴い犠牲者の方々に心よりお悔やみ申し上げ、哀悼の意を表します。
遠くの未来にこの経験が活かされることを心より望みます。
生き残った私たちは涙を振り払って、お互いに生きることをがんばって歩きましょう、
そしてまだまだ、危険な地震の予想が指摘されている件については
お互いに真剣に向き合って準備していけたらいいなと思っています。
繰り返しになってしまいますが
20年目の今日という日
震災による犠牲者の方々に心より哀悼の意を表します。