多品目調理しまして

o(・ω・)o

ただいま、お値打ち価格で入手できました、コーン茶のほどを
煮出してみております。。。

o(・ω・。
コトコトいやはや、
今日は何かと思うところが多い一日だったのでした。(・ω・)
どういうことかと申しますと。。。
多分、自分の人生の中で
幼いころから、先生や先輩に教えられ、失敗に学習し、
ようやく色んなことが
#といいましてもあくまでも、自分の拙い能力の範囲の中でだけでですが

それなりに適切に判断できる年齢になってきたのかと
思うのですが、
そんな中でいろいろな方に
出会いお話する中で
よく思うことがあるのです。
表面上はすごいワル・・・な方にもたくさん出会うこともあったりしたのですが、
そんな中でその人が何をしたか
そして今、現在どういう状態にあるか
そういうのだけを見て、良い、悪い
と何もかも決めてしまいがちなのですが、
私個人では、どんなワルみたいな人でも
その人の人格をみるにつけ、
世の中に揉まれて、不運だっただけなんじゃないかな
と思うことがあります。
かのゲーテの名言の中に
「才能は静けさの中で作られ、性格は世の激流の中で作られる」
(どちらかと言うと前者に発言の重きがあるのかもしれませんが)
というのがあります。
表面上は世の中で色眼鏡で見られている方だったとしても
実際にお話をして、その方の目とその移り変わりを見て、
真の人格の片鱗を、ほんの小さな行動や出来事の中に垣間見るにつけ
目の前の事象だけは一瞬でわかる
でも、
私は、この方の心の中の出来事について
どんなうれしい思いをしてきたのか。
どんな悲しい思いをしてきたのか。
どんなつらい思いをしてきたのか。
なぜ、そんな思いをしなければならなかったのか
その心の内の歴史を知らない。。。(・ω・)
けれども、人格は簡単には築きげられるものでもなく
変えようと思って変わるものでもない。
それを思えば
その方の人格を目の当たりにして
思うのです。
見た目は悪いし、やってることも人にほめられたことではない
でも、この方。。。
目の前の人格は、多分、今の自分で経験的に判断して
間違ってない気がする。この人は良い人だ。
激流に流されてしまったんだ。。、かわいそう(TωT)
みたいにですね。。。
(または、その全く逆もありますが
)長い人生いろいろな激流があると思うのですが、
やっぱりそんなシーンでも
どうにかつかまって流されないようにしないといけないのですねと。。。
計画的偶発性理論という説があるのですが
人生の8割は偶然によって左右されてしまうらしいというものらしいです。
また、偶然のことさえも、自分の力に変えようとする効力としての
セレンディピティという概念があるのですが、
それは大事と思うのですね。
運が良かった悪かっただけで、片付けずに
どんなときでも、節目で節目で
機会は本当に大切にしないといけないのだと思うのです。
理屈と正論をいくら重ねても、必ずしも幸福と長寿が保証されるわけではないからですね。。。
運一つだったりします。
先ほどの件のように、
自分は大分年配の方々に、アドバイスする際には
私の方が正しい判断をしているだろうと
まずまず自信を持てるようにはなりましたが、
でも、しかしながらそれは、
決して慢心になってはいけなくて、
自分の物差しでしか測定していないことをいつでも忘れてはいけないと。
どんなに御年配の方の御要望であっても
その意味や意図をきちんと正確に汲み取り、
読みきる努力を怠ってはいけないと。
なんであろうと、現代まで、長寿で生き残っている年配の方々は
人生を生きるための理屈だけではない正しさを知っているのだと
思うのですね。
今日、敬老の日に自分よりも年配の方々を敬うという気持ちの
意味はそういうところに一つあるのかな。
と思ったのでした。



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