あがってきました☆(・ω・)/☆
さて、このように、一般的に「事実」という言葉で置き換えられている言葉には
あまりにもあいまい性があり、
それらを区別しないと、意味が通じないだけでなく
自分という頭のデータベースに
情報をインプットしていく際にも
世の中を流れてくる情報に嘘が混じっていても、気付かずに無批判に取り入れてしまうことにもなりません。
その危険性を排除し、認知バイアスに左右されずに主体的に判断するためには
その「事実」がどんな範囲をしめしているのかを区別する必要性が出てきます。
どんなに高度な判定でも可能な知能機械でも
情報のないところに
サッカー選手の例のように、その考え・思いまでの情報を得られなければ
それはないものとみなされます。
逆から言うと、物理状態である、その「構図」を1[Rcg]の完璧な性能をもった
知能機械でも、もともと目に見えないものを考察する部分の知能が備わっていない以上、
もともと考えるプロセスをもたないので、[Rcg]であらわそうとも、IQであらわそうとも
真実に関する判断知能性能は0となります。
もし仮に、真実を判定できる機械があるとすれば、
その選手の思考情報まで読み取れる性能とあと他にいくつかの他の要件が必要となります。
その説明は、また後にちょっとおいときまして
今の時代の科学技術では、人間の脳の情報まで符号化できる水準にありませんが、
いずれは不可能ではない時代がくると思います。
↓※参考:国際電気通信基礎技術研究所
http://www.cns.atr.jp/dni/research/visual-image-reconstruction/
(そういえばちっちゃいころATRに行きたいと夢見た時期がありました。。(ーー;)
閑話休題。。
さて、今までの話から
ちょっと最初の方にさかのぼって徐々にまとめていきますと
まずは事実の定義が必要なわけですが
真実との違いは
少なくとも
目に見える物理的状態だけ(構図)かどうか
というものがあるのは明確ですが、
実際面ではもっと違った用いられ方をしています。
これを狭義の事実と広義の事実
また、狭義の真実と広義の真実
として分けるとします、
一般的に「真実」と言われる場合のニュアンスは
狭義の真実≒広義の事実
つづきます・・・