人と言うのはいとも簡単に自分が見えなくなってしまう。
そして自覚無く傲慢になっていく。
・目の前に自分はいるのにね・
最初はとにかく目標に向かって素朴に進む。
そのうち少しずつうまくいき始める・評価を得ることが増えてくる。
すると自分の中に「これが正しい」みたいなものが沸いてくる。
それは悪意から沸いてくるものではなく
信じているからこそ、真剣だからこそ沸いてくる。
それは諸刃の剣だと私は思っている。
前に進むために必要なものでありながら
使い方を間違えたら全てをぶち壊してしまう。
どちらになるかは自分のあり方次第。
使い方を間違えた時は本当にたちが悪い。
それを正義と信じて振りかざしてしまうから。
自分の正義に固執して目が見えなくなるから。
人の声に耳を貸さなくなってしまうから。
何と言うか、今流行りの
「パワハラ」ってやつと同じになってしまう。
「信念の押し付け」
うまく言えないけれど、そんな感じ。
人はみんな自分の人生を生きるのに精一杯だから
他人のことなんていちいち構ってなどいられない。
だからわざわざ苦言を呈してくれる人なんてほぼ居ない。
居たら本当に尊い存在。
だから自分がほんの少し使い方を間違えただけで
あっという間に「裸の王様」になってしまう。
みんな知っていて、自分だけ本当のことを知らない。
これは誰のせいでもない自分のあり方の問題。
自分にしかどうにも出来ないし
どうするかは自分が好きに自由に選択できる。
何の制限もない。
人に教えてもらうことでもないし、決めてもらうことでもない。
これはどんなことにも言えることだと思うし
もちろん私が仕事にしている整体でもそう。
自分の信じる施術があるのはとても良いことだけれど
そこに頑固に固執して人の声に耳を貸さないのは
ただのエゴだし、怠慢だと思う。
厳しいことを言われた時
何か指摘された時
クレームが来た時
こんな時は
自分を見失いそうになっているサインであり
取り戻すチャンスであり
新しい段階へのステップなのだと思う。
そしてそれを言ってくれた人は神だと思う。
実際そういう時というのは
本当に自分のことを振り返るし、振り返らざるを得ないし
ものすごく勉強するから
結果として技術・ホスピタリティ共に必ず向上する。
そこでクレームや指摘をしてくれた人を
その言葉を恐れて逃げたら
成長しないどころか確実に退化する。
私は思い込みが激しいし、自分のことが大好きだから
気を抜けばあっという間に
「裸の王様」になってしまうでしょう。
だからこそさまざまな声に耳を澄まし
その声にただいたずらに振り回されるのではなく
客観的に冷静に精査し、自分と向き合い続ける事も
大切なことだと思います。
今日のお話は
ここのところ私が感じ続けていること・体感したことで
おもに自分に向けての備忘録として書きました。
〜心を癒す悶絶整体師〜
心と身体を癒す かりん堂
店主・糸川 華凜
Facebook:糸川華凜
Twitter:@Karin_Itokawa
Instagram:karin.itokawa
(リクエスト・フォローどうぞ。基本的に承認・フォロー返しいたします)
