事件のいきさつは、かなり話題にもなったので覚えている方も多いと思います。

ここで問題にしたいのは、闇サイトの法律の問題だ。


日本テレビの夜のニュース、zeroをたまたま見たときに、村尾信尚氏が闇サイトを法で規制する、というか無くすべきだと感情的に言っていた。
テレビメディアの信憑性はネットの普及に伴って、決定的に落ちたが、それでも影響力はまだ存在するし、テレビなりの演出が巧みに視聴者をコントロールする世界。

闇サイトや学校裏サイトなど、ネットの基本の機能的な部分をもって原因であるかのような発言はいたるところで見られます。


しかしこれは人を殺せる包丁は無くせ、といっているのと同じ次元の話でまったく意味の無い話だ。

何か事件があるごとに分かりやすい理由らしきものを見つけて、それを叩く。そしてそれを“悪”として訴求することで一つの安心を得る。


問題の深層が分からないものはことさらこの傾向が強い。

今回の件も、問題を起こした犯人の思考回路、そしてそれを産み出す“社会”を解こうとせず、安易にツール批判へと走る。


倫理(宗教)がない日本は、社会が道徳を作り上げる。ゆえに社会が変われば道徳が変わる。つまり“世代”の分だけ道徳が存在する。
そこに気づけないのは自分の道徳を倫理と思い込んでしまっているからだ。
あなたの常識私の非常識、という言葉があるが、それがどうして起こるのかを考える必要があるが、世代間では共有できているので、それほど問題にしない。

道徳が普遍性を持つには倫理となる必要があるが、現代における“宗教”の役割を認識しないと決して普遍化しない。


それが抜け落ちた日本、問題は根深い。
報道するマスコミの、特にテレビ、新聞が機能不全。そもそもテレビと新聞が同じ会社ではジャーナリズムの機能を果たせない。

困った国、日本。