うん。
やっぱり癌だった。
ステージ2だって。
自分で思ってたよりしこりが大きいらしく、初めてCT 造影検査っていうのをしたんだけど、リンパ腺に転移もあるらしい。
今回の私の乳がんに限らず、余命っていうのは専門医でも分からないとか。
長くないと思ってたら使った薬の相性がよく、何年も元気に生きることもあれば、腫瘍そのものは小さくても質が悪くあっという間に進行してしまった。とか。
つい1ヶ月前まで自分が癌になるなんて考えたこともなく、のほほんと生きていただけに、人生初の癌告知で動揺した。
私は親にすら「死ね」と言われながら育った人間だった。
だから、今回の癌告知も親には伏せる。
一人で背負って、一人で死ぬ。
一応上司にだけは報告しておいた。
加藤諦三さんの著書
「大人になりきれない人」の心理
に、
もう一度言う。では、「母なるもの」を持たない母親のもとに生まれた人は、地獄で生まれ地獄で死んでいくよりどうしようもないのだろうか。
私はそうは思わない。
それは、「母なるもの」を持たない母親のもとに生まれた人として生きていく覚悟を決めることである。
最後まで地獄で生きてしまうのは、自分が分からないからである。
ってある。
ここでいう「覚悟」ってたぶん、そういうことなんだと思う。
諦めとも違う。
無い物ねだりをしない。
自分を憐れまない。
失ったもの、与えられなかったもの、そんなものより「今」この瞬間の方が100倍価値があるし、輝いている。
たぶん私の両親も「母なるもの」を持たない母親のもとに生まれた人のうちの一人なんだろう。
でも、その「覚悟」はないように見える。
だから、最後の最後まで私にしがみついて、私を、そして世の中を恨んで死んでいくんだと思う。まさに地獄で死んでいく。
私はその消耗戦から降りた。
ただ、こんなときでも音楽は私を救ってくれた。
「君は生きていてもいい。ほかの誰でもなく、俺がそれを許可する」
そう言いながら後ろから抱きしめてくれているようで。
「俺」って特定のだれかじゃなく、「音楽」そのもののこと。
だから、世のソングライターさん、歌を歌ってほしい。
もっとずっと、1分でも1秒でも長く、命あるかぎり聴いていたい。