月間『放送作家』2022年10月号

 

 

 

 

放送作家が出会った人
隙のないドラマ 「ウ・ヨンウ」シンドロームは偶然ではなかった?!

イ・サンベク A STORY代表




雁、トマト、スイス、インド人、流れ星(日本語版では、キツツキ、トマト、スイス、子猫、南)…···そしてウ・ヨンウ。上から読んでも下から読んでも同じ、この変わった名前が大韓民国を、いや全世界を揺るがした。視聴率0.9%からスタートし、同時間帯で視聴率1位を記録、ネットフリックスでも1位になった。韓国ドラマの世界的な人気にもう驚きはしないが、「変な弁護士ウ・ヨンウ」のヒットは確かに並はずれている。自閉症スペクトラム障害という取り扱いにくい題材、新生チャンネルでの放映、ドラマ初挑戦という作家の履歴と…···いわゆる大ヒットには至らない条件を抱えて「変な弁護士ウ・ヨンウ」は全世界を騒がせた不思議で驚異的なドラマになった。


 

 

イ・サンベク代表
初回放送の前に1話と2話を見ました。すごく面白かったです。これは記者試写会をしようと言いました。以前、ドラマ「キングダム」を作った時に記者試写会をしたことがあったんです。シンガポールでアジアの記者を集めて一度やって、国内でもやりました。作品に自信がある場合は記者試写会が一役買うんです。それで今回もやろうと言いました。「記者の方々を呼んでお見せしよう」、「私には自信がある」と言ったんです。やはり反応が良かったです。報道資料を見て記事を書くのではなく、試写会でドラマを直に見るとリアルに書けるでしょう。初放送のクオリティが高かったので試写会をしたのですが、ドラマを知っていただく良い機会になりました。

「変な弁護士ウ・ヨンウ」には、いろんなエピソードが入っているじゃないですか。その分、お金と時間を投資しなければならないという話なんです。話題になるようなネタを探さなければならず、それを面白く語らなければならず、クオリティの高いCG作業も必要です。例えば、ドラマで結婚式のシーンがありました。数分足らずの短いシーンでしたが、そのシーンだけでも数千万ウォンかかったと思います。金持ちの娘が結婚式を台無しにしたので数百億ウォンを要求した訴訟の話ですが、結婚式のシーンが安っぽいと現実味があるでしょうか? 視聴者が夢中になるには、物語のスケールに合わせて場所もセッティングするし人員もいるのです。ひとつのシーンをここまで念入りに撮ってこそ視聴者の反応も得られると思います。



好評なドラマには隙がない。シナリオ、演出、演技。この3つの完璧な調和によって上質なドラマが生まれる。「ウ・ヨンウ」 も例外ではない。自閉症スペクトラム障害を熟考の末に完成したシナリオと演出、これをリアルに作り出した俳優たちの熱演は、ウ・ヨンウシンドロームを起こすのに十分だった。製作者はこの完璧な相性をどうやって見い出したのだろうか。
イ・サンベク代表

「証人」(邦題 無垢なる証人)という映画の主人公は自閉症児です。この子が大きくなって弁護士になったらどうだろうと想像してみました。それで 「証人」 のシナリオを書いた作家さんに連絡してドラマの提案をしたのですが、やってみますと言って下さったんです。作家さんは自閉症スペクトラム障害の基本的な知識があったので、作業がスムーズに進むと思いました。もちろん「ウ・ヨンウ」の台本作りに向けて相当な勉強をしなければなりませんでした。多くの専門家を招いて6~7か月は勉強に没頭したと思います。一番悩んだのは、障害をどう描くかでしたが、何より障害に対する常とう文句を繰り返さないようにしました。障害に対する偏見や誤った見方を取り除こうと思案しました。台本ができあがるとチェックしてもらい修正し、また修正しながら話を作りあげていきました。

やはり、ドラマ「ウ・ヨンウ」で欠かせないのはパク・ウンビンです。主人公は障害があっても弁護士という職についているので、知的なイメージで声の通りが良い俳優でなければと思いました。パク・ウンビン俳優が適役と考えて交渉したのですが、ドラマ「恋慕」とオファーが重なりました。「恋慕」が先になり、私たちも諦めずに待ち続けました。やっとパク・ウンビン俳優と縁があって完璧な呼吸を合わせることになったのです。

 

 


イ・サンベク代表が率いる製作会社A STORYには、「ウ・ヨンウ」の前にも、「キングダム」、「100日の郎君様」、「シグナル」など数々の作品をヒットさせた底力がある。ところが、ドラマがいくら成功しても製作会社の成功にはつながらなかった。著作権を確保しなければ、製作費の他に収益の出る窓口がないからだ。そこを変えようと「ウ・ヨンウ」は果敢に別の道を選んだ。
イ・サンベク代表
地上波や総合編成チャンネル(衛星TV)は著作権の確保に躍起です。制作会社に制作費をさらに支援してでもIP(知的財産権)を確保しようとします。ドラマの視聴率がよければ、放送局に広告収入が多く入るでしょう。ところが製作会社にIPの権利がないので製作費以外に入る収益がありません。

ドラマ「シグナル」はOTTが活発になる前に作った作品ですが、当時、製作費が足りなくて版権を大企業に渡して私たちは作るだけ作って納品したんですよ。後に「シグナル」が海外でもリメイクされ、中国OTTでも1位になったのですが、私たちには付加収入が一つもありませんでした。とても残念でした。「キングダム」もグローバルOTTに入るのが目標で、IPにまで頭が回らなかったのですが、その時にIPをもう少し確保していたら、今は状況が違っていたと思います。

その経験から「ウ・ヨンウ」の製作では、IPをあまり要求しないチャンネルと契約しなければと考え、選んだのがENAでした。ENAはKTグループに系列会社で、コンテンツ事業を続ける意志もあるようで、いいチャンネルだと判断したんです。そして国内放映前にネットフリックスに海外放映権を売ったので、ある程度は視聴者を確保できたと思いました。

それまでの経験のおかげで、このような決断ができたと思います。ドラマ「ウ・ヨンウ」は終了しましたが、IPを確保したおかげで今はいろんな付加事業を進めています。まず、ネイバーでウェブトゥーン連載を始めました。中国、日本、タイ、インドネシアにウェブトゥーンの輸出もして、アメリカとも契約を進めています。ミュージカルの制作も計画しています。海外10か国でドラマのリメイクもすることになりそうです。



A STORY制作コンテンツ。

上段左から「100日の郎君様」、「シグナル」、「キングダム」、「ビッグマウス」、「SNLコリア」。
 

 


製作会社がIPにこだわるのは単に付加収益を生むことが目標ではないという。製作会社が権利を持ち、様々な事業も企画して収益を生めば、多くの投資ができて良いドラマを作れるというのだ。いわば、一つの良いドラマがもう一つの良いドラマを生む種になるわけだ。

イ・サンベク代表
放送局やプラットフォームでは様々な作品を扱っており、一つの作品に集中して付加事業を計画できません。私たちは「ウ・ヨンウ」がヒットしたので、ウェブトゥーンも作ってミュージカルも計画しているじゃないですか。製作会社は一つ良いことがあれば、そこに必死にしがみつくしかないんですよ。だから、こういう部分は製作会社を信じて任せればいいということです。これからは韓国市場だけに目を向けるのではなく、グローバル市場も展望に入れて製作しなければならないが、それには製作会社が良いドラマを作り続けられる生態系がなくてはいけないでしょう。

コンテンツの多様性が重要ですが、質の良い多様なドラマを生み出す制作会社が多ければプラットフォームも成功するのです。プラットフォームが成功すれば、メディア産業全般が成長するのです。プラットフォームだけが活性化したからといって、良いドラマができるわけではありません。以前は地上波チャンネルしかなかったが、その後ケーブルTV、総合編成チャンネル(衛星TV)ができ、今はグローバルOTTや国内OTTまであるでしょう。製作会社がうまくいくと収益が生まれる構造になっています。良いドラマを作る製作会社が増え、成功を経験をした作家と監督が製作会社を転々としながらノウハウを広めていけば、ドラマ制作環境はかなり良くなるでしょう。

 

 


今も多くの製作会社が第2の「ウ・ヨンウ」を夢みてイ・サンベク代表の歩みを注視しているだろう。視聴者はますます目が肥え、それに伴い製作費も天井知らずに急騰する今、駆け出しの製作者が生き残る術は何だろうか。あらゆることを経験したであろうイ代表に現実的なアドバイスを求めた。
イ・サンベク代表
私たちも駆け出しの製作者だった時代がありました。当時、私たちが活用したのは政府支援でした。技術保証基金に融資申請をして審査が通れば、政府保証で融資を受けられるんですよ。最近では大企業から投資を受けられる方法もいろいろあるでしょう。どんな形であろうと初期の資金確保が重要で、資金を少し集めて会社の規模を大きくしていけば力も蓄えられます。規模が大きくなれば放送局にIP要求もできます。

今はどこの製作会社もグローバル市場を目指すでしょう。そのためには製作費の規模拡大が必須です。韓国も以前からみれば制作費が増えましたが、海外コンテンツと比べると話になりません。「ウ・ヨンウ」がネットフリックスで1位になった時、2位がワーナー・ブラザース制作の「サンドマン」でした。それが1話につき製作費が150億ウォンほどで、「ウ・ヨンウ」は10億ウォンもかかっていませんでした。この予算でも成功したと称賛に値しますが、そんな幸運が何度もあるとは限らないでしょう。今のネットフリックスでは、スペイン、ブラジル、メキシコなどのコンテンツが良くできています。もし、彼らが上がってきたら私たちは押されるかもしれません。今が本当に重要な時なんです。
 

 


イ・サンベク代表の次の目標を尋ねるとクールな答えが返ってきた。ハリウッド! 以前なら、何をばかげた夢なのかと笑ってスルーするところだが、今の私たちはよくわかっている。「パラサイト」、「ミナリ」、「イカゲーム」 …···誰がそれに続いても、もうそれほど驚きはしないと。イ・サンベク代表の次のインタビューはアカデミーの舞台になるかもしれないと、幸せな想像に浸ってみた。

文 チョン・ユンミ編集委員
写真 キム・ヨンチョル

 

 

出典
http://ktrwawebzine.kr/page/vol199/view.php?volNum=vol199&seq=2&ckattempt=1