戸田会長の「寸鉄」を引き続き、紹介する。
一、信者はお寺のお客か御本尊様のお客か。
一、一体お客様と云うのはどういうわけか、相手を儲けさせるからお客様か。
一、そう云ってしまったら身も蓋もない、御本尊様の客だと申し上げれば誠に聞こえがよい。しかし腹の中ではお寺の客だと思うから供養の多寡によって扱いに上下がつく。
一、信者は御本尊様の客じゃない。子供で弟子で家来だ。(昭和二十六年十二月十日付)
一、宗会の決議では我等の会長が登山止めだそうな、物騒な世の中になったものだ。
一、忠義を尽して謗法を責めて御褒美あるかと思ったに、おほめはなくて「登山まかりならん」とおしかりさ。弟子共一同「俺達も一緒に登らんわい、フン」だってさ。
一、何が「フン」だい。決ってるじゃないか、日本全国の信者の声だってさ、嘘もよい加減にしろ、折伏も出来ず、御衣の権威で偉ばること許りを知っとる坊主の学会に対するやきもちだからさ。
一、寸鉄居士会長先生に御伺いをたてたら「あんまり騒ぐなよ、こんな目出度いことを」とニヤリさ。
一、寸鉄居士ニヤリとして日く宗会議員の諸公は三類の敵人中、第二類か第三類か、ニヤリ。(昭和二十七年七月十日付)
一、正宗信者に信心が足りない、旧信者は特に足りない、僧侶の中に特別に足りぬ者がいる様に見える、国家の救済をどうする気だ。
一、僧侶が世法の事と政治的な考え方ばかりにとらわれているのは信心がないからだ。
一、僧侶は政治家になるべきではないから政治的工作はよせ。
一、僧侶は商売でお寺をやっているんではない、喰うために寺があるなんて考える奴は風上にも置けんやつだ。
一、布施にまよってはならぬ、山程積んである御本尊の功徳を一日も早く悩める民衆に施せ、和尚さん面して奥に引っこんで威張っているのは能ではない。
(昭和二十七年九月十日付)
一、信心の弱い信者ばかり集めたがっている坊さんがいる、そんな坊主は学会くずれを拾って喜んでいる。
一、それぢゃその坊さん屑買いじゃないか、そんな屑集めて何になる。
一、その屑がね、総代になったり副講頭になったり婦人部の幹部になったりしているよ。
一、学会の屑っていう者は偉いもんだな。屑でないのはすごいだろうね。
一、凄い所か、真金だよ、火にも焼けず水にも漂わず、教学に折伏に大童わだ、天晴れなものだ(昭和二十七年十月二十日付)
一、旧信者相手にいばってるくせを学会の人々にお出し下さるな、空いばりには驚かぬのが学会魂だ。
(昭和二十七年十一月二十日付)


正宗の人間は昔から堕落しているので、やはり駄目なんだなぁ!