親子3代写真好き | 照ママと猫日記

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~~~~~~~~母ちゃんと愛猫の可笑しな日々


4年前のリブログ記事です🌸
亡き母も写真好き(笑)
4歳の私にポーズを撮らせてる

写真の裏に1953年と書かれてた…4歳ダネ


母も記念日には、写真館で撮ってたようで
私も、娘もやはり写真好き(^_-)☆遺伝だね♪



ここからは、思い出のエピソード下差し
私は、ひとりっ子で育ちましたが
二歳上の姉がいたらしい…
風邪から肺炎を起こし夜のうちに
病院に行けば助かったのを
父が酒を飲んでいて、明日でいいと
言ったため 死なせてしまった
その哀しみから 夫婦喧嘩が絶え間なく
私が生まれた時  母は、子を亡くした
トラウマから   この子だけは守ると決心して
離婚した。私が生まれて3ヶ月で沖縄へ渡る
沖縄には奄美からの出稼ぎが多く 母の姉や
弟たちがいたので心強かったのだろう
私、7歳まで沖縄で育ちました(^^)


1953年…写真館にて










沖縄の小学校に入学してたけど
ここから先は、奄美のばあちゃんに
あづけられる事になった。転校生です
その頃は、パスポートの時代なので、
出稼ぎの母は 時々沢山のお土産を
持って帰ってきます。内容はあまり
覚えてないけど、想像すると
インスタントコーヒー。チョコレート
ポークチョップ缶など…だったと思う
今でも、人気のお土産ですからカナヘイハート

その繰り返しで4年生になった時
やっと本当に帰って来ました
母の居ない暮らしに慣れすぎて
今でも忘れない出来事が…

母の帰省で集まった親戚の子供たちに
御菓子を配る…みんな有り難うと言って
頭下げる。  そして私の手にもピンクマカロンチョコ
その時 みんなと同じように
私も  有り難うと言って頭下げたのだ
まるで他人みたいに…   その時 きっと
母の顔が 苦笑いしていたと思う
そっと私を抱き締めたのだ 。離れて4年
その時のことは 記憶に残ってる
そのシーンは今でも   ドラマのように
よみがえってくるのだ…


そして母と、二人だけの生活が始まった…

ここんとこ、ほぼ毎日、
母と暮らしている夢を見る
日常生活の平和なシーンです。
母はいつも側にいる  そんな気が。

毎朝、天国にいる父、母、姉に
手を合わせて 挨拶致します
今日も元気に目覚めました
ありがとうございます…とネお願い