岸田劉生展 大阪市立美術館
「時代錯誤」「遅れている」-。現在、重要文化財に指定される風景画「道路と土手と塀(切通之写生)」を岸田劉生(りゅうせい)が描いた大正初期、彼の絵には評論家や画家からきつい批判が浴びせられていた。古めかしい描法、というのである。
実際「切通之写生」の絵の前に立つと、赤土の道が中央に小山のように配され、草木の濃緑とともに、たしかに重々しい。明治末から大正初めは印象派、ポスト印象派、フォービスムと、欧州から美術の新風が華々しく日本に吹き込んだころ。それになびかない絵は、当時の人の目に時代遅れと映ったのだろう。
しかし絵をさらに見るなら、赤土の道に生命をもつかのような色、うごめくような量感が見て取れるだろう。この独特の存在の感覚に、劉生が自分の心に分け入り追いかけた表現が現れている。生誕120周年を記念した回顧展「岸田劉生展」は、38年の生涯における劉生の美意識の彷徨(ほうこう)の跡をたどっている。
劉生は東京・銀座に生まれ、当初は黒田清輝の絵画研究所で学んだ。黒田流の外光派の温和な表現にとどまっていた劉生を、独自の絵画探求へ突き動かした契機が文芸誌「白樺」だった。誌面に掲載されたゴッホやセザンヌなどの西洋近代絵画に驚き、心を揺さぶられた。
劉生は実際にゴッホ風、セザンヌ風の絵を描いてもいる。しかし単なる画風以上に劉生に響いたのが白樺の思想だった。個性を尊び、自己をいかに表現するのか-。劉生は心にしまわれていた“写実”への欲求を見いだし、解放する。印象主義の時期に西洋絵画からこぼれ落ちた「写実」や「遠近法」にあえてこだわり、ルネサンス期の絵画を模範に画風を作り上げた。
健康を害し療養のため、大正6年、神奈川・鵠沼(くげぬま)に転居した時期、劉生の写実は一層の深化を見せた。屋外写生が難しくて始めた静物画にも傑作が多い。「静物(湯呑と茶碗(ちゃわん)と林檎(りんご)三つ)」には、白樺の仲間の陶芸家バーナード・リーチ作の陶器とリンゴとが描かれる。モチーフは不自然にゆがみ、かえって、自然に存在するということを意識させる。クリスチャンだった劉生の心にあった“実在の神秘”に迫っている。
劉生の代名詞、麗子像の制作はこの後からだ。顔を扁平(へんぺい)させたり手を小さく描いたりして、逆に愛らしさ、存在感の深さを浮かび上がらせた。同時期に中国画や浮世絵など東洋の表現に目を開くが、劉生の夭折(ようせつ)で、油絵における展開は未完に終わっている。
西洋の近代絵画に飽き足りず、独自の画風を追い求めた劉生。天才の内にある孤独が浮かび上がる展覧会だ。大阪市立美術館(天王寺区)で11月23日まで。

