龍は縁起物として、古くから中国や日本において崇められてきました。
中国における龍の縁起
- 風水では究極の幸運のシンボルとされ、愛情運、財運、出世運を呼び込むとされる
- 邪気を払い、運気を良い流れへ変える力があるとされる
- 権力、隆盛、吉祥の象徴として崇められてきた
日本における龍の縁起
- 雨乞い祈願などの天候を司る神や、農耕の神として信仰されてきた
- 五穀豊穣をもたらすことから、金運や仕事運を上げる御利益にもつながった
龍は、水中に棲み、天に昇るイメージから運気を上げる縁起のよいイメージが出来上がっていきました。
龍の縁起物として、次のようなものがあります。
- 一筆龍:文字通り「一筆」で描いた龍のことで、「一繋ぎで途切れない」ことから人とのご縁を繋ぐ、ご縁が途切れないとされています
- 昇り龍:すべての運気が上昇すると言われています
日本文化の竜
→「中国の竜」も参照
中国から弥生時代には現在の竜のモチーフが日本にもたらされており、和泉市にある紀元一世紀頃の池上曽根遺跡から、胴をくねらせ三角の無数の突起を持つ動物が描かれた壺が出土している。こうした弥生竜の図柄を持った遺物は日本全国で30点あまり発見されている。この時代の日本人は竜の確乎たるイメージを持っていなかったため、中国の竜の正確な模倣はできなかった[2]。一方では、最初の弥生人は江南地域の竜蛇信仰を持つ海神族の流れであるとする説[3]があり、大陸から竜と共に渡ってきたとされる(『魏志倭人伝』に、越人が入れ墨をして蛟竜を避ける風習に似て、倭人も入れ墨で大魚水禽の難を避けると記述される[4])。
日本神話は、海神族を竜宮の八尋和邇などとしており、天孫の地神五代と八尋和邇の玉依姫との間に初代天皇である神武天皇を設け、また、日本海を中心とした高志(後に越)の八岐大蛇に自然崇拝を現して、日本神話を語っている。そして、国津神に属する大国主神、大物主神、建御名方神などが蛇体・竜神として描かれた。
天皇の権威の象徴は、日本では竜の剣として表している。
科学史家の荒川紘は、五爪の竜は、中国では皇帝の象徴であるから、日本では天皇の権威の象徴として用いられることはなかったと述べ、その背景には中国をただ模倣するのではなく日本の天皇の中国に対する独自性を宣揚しようとの意図があったのではないかとみている[5]。また、日本の竜は、蛇、魚の群れや魚との区別があいまいで多種多様な姿形と性格を呈しており、それは江南の竜蛇信仰と混淆して更に外来文化の竜が接木された結果であろうと推察している[6]。
平安時代になり、『法華経』や密教が滲透するにつれて日本の竜は明確に独自性を帯びてくる。9世紀には室生寺に「竜穴」の記録が現れ、雨乞い信仰が行われるようになった。竜穴はその後も日本各地の寺社に現れ、中世には竜穴同士は地下で繋がっており、竜もしくは蛇竜が行き来しているという観念が生まれた[7]。戦では、戦勝と守り神に竜を象る剣や兜が用いられた。中世末になると、戦国大名の里見義頼は竜が描かれた印判を使用するようになる[8]。
日本神話
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神武天皇(初代天皇の彦火火出見尊)は、海神の竜宮に住む八尋和邇の豊玉姫や玉依姫などの女系子孫の竜であり、神話では妃に竜を迎え入れる構図をとって竜が中国の支配者である皇帝を表すのとは対照的な思想である。また、出雲など日本海を中心に渡って高志(後に越)の八岐大蛇に、海、川、山などの自然崇拝を比喩して語っており、天孫から降りてた海の神を司る国津神の素戔男尊が八岐大蛇を裂いて取り出した剣は、日本の天皇が表す竜の化身として天皇の証とした。天皇がこの竜の剣を用い、竜の剣は守り神とされて祭られている。海の神の素戔男尊に係り、また、国譲りなどにともなう大国主神、大物主神、建御名方神など等は、海神の竜の姿とされた。
竜神
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→「竜王」も参照
竜神は竜王、竜宮の神、竜宮様とも呼ばれ、水を司る水神として日本各地で祀られる。竜神が棲むとされる沼や淵で行われる雨乞いは全国的にみられる。漁村では海神とされ、豊漁を祈願する竜神祭が行われる。場所によっては竜宮から魚がもたらされるという言い伝えもある。ホタルイカは竜宮の使いと云われる。一般に、蛟など日本の竜神信仰の基層には蛇神信仰があると想定されている[9]。
また、「竜神が鐘を好む」という伝説も日本各地に残る。例えば尾上神社(兵庫県加古川市)の鐘については次のような話が伝わる。応仁の乱の頃、この寺の鐘が海賊に盗まれた。鐘を載せた船が足摺岬沖にさしかかると、穏やかだった海が突如、大荒れになった。乗組員たちは海底の竜神が鐘を欲しがっているためと考え、泣く泣く鐘を海中へ投じた。すると海は途端に凪いだ。その後、鐘は近隣の漁師に引き揚げられて、高野山へ奉納された。しかし、鐘が「おのえへ、去(い)のぉ(帰ろう)」とひとりでに鳴り出すので元の持ち主が分かり、ほどなく尾上神社へ戻されたという。
五竜
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五行思想『書経』古代中国に端を発する自然哲学の思想から、四神・五獣、五竜が置かれた。高松塚古墳などに描かれた紫微垣をまもる四獣の壁画に青竜の姿が現れる。高句麗様式の影響をうけている。
日本各地に、青竜、赤竜、黄竜、白竜、黒竜、五竜の伝承へと広まりをみせ現在に至る
龍は縁起物として、古くから中国や日本において崇められてきました。





