最近、少し不思議に思うことがある。
僕は、もっと評価されてもいい人間ではないだろうか。
いや。
「もっと評価されてもいい」というより、
本来なら、もっと評価されるべき人間なんじゃないか。
そう思っている。
自転車。
職場。
SNS。
僕はそれぞれの場所で、それなりに頑張っている。
自転車では、速さを追求している。
練習もしている。
レースにも出る。
いろいろ考えながら走っている。
精神力だって強い。
バイクコントロールにも自信がある。
職場でも、長年仕事を続けている。
毎日きちんと働いている。
SNSだってそうだ。
僕はかなり発信している。
自転車のこと。
仕事のこと。
日常のこと。
考えていること。
自分自身のこと。
写真も載せる。
文章も書く。
できるだけ自分のことを知ってもらえるように発信している。
ここまでやっている人間は、そう多くないと思う。
それなのに。
なぜなんだろう。
なぜ、まだ僕は世の中から十分に評価されていないのだろう。
僕自身、かなりの逸材だと思っている。
自転車だけを見てもそうだ。
仕事だけを見てもそう。
人間として見てもそう。
SNSで発信している内容を見てもそう。
いろいろな要素を総合すると、
「こんな人がいたのか」
と思われてもおかしくない。
なのに、まだ日の目を浴びていない。
まだ埋もれている。
これは、ちょっとおかしい。
僕はずっと発信している。
頻繁に発信している。
「もっと知ってもらいたい」と思っているから発信している。
自分の考えを知ってほしい。
自分の生き方を知ってほしい。
自転車への取り組みを知ってほしい。
仕事をしている自分も知ってほしい。
頑張っている自分も知ってほしい。
いろいろな自分を見てもらいたい。
だから発信する。
それでも、まだ気づかれていない。
ここが一番不思議なところだ。
普通なら、これだけ発信していれば、どこかで誰かが気づくと思う。
「この人、すごいな」
「この人、面白いな」
「こんな人がいるんだ」
そういう人がもっと増えてもいい。
いや、増えるべきだと思う。
僕自身、そういう価値があると思っている。
なのに、まだ世の中が僕に追いついていない。
もしかすると、僕の発信が足りないのかもしれない。
そう考えることもある。
でも、実際にはかなり発信している。
だから最近は、
量の問題ではないのではないか。
と思うようになった。
もしかすると、僕の価値に気づく人がまだ少ないだけなのかもしれない。
僕が悪いわけではない。
僕はちゃんと発信している。
見せている。
伝えている。
自分の存在を世の中に出している。
それでも気づかれない。
だったら、もっと続けるしかない。
発信をやめてしまったら、本当に埋もれてしまう。
だから僕は発信する。
今日も発信する。
明日も発信する。
自転車に乗ったら発信する。
何か考えたら発信する。
仕事をしたら発信する。
何かあれば発信する。
自分の姿を撮ったら載せる。
自分の考えを書いたら公開する。
そうやって、
「僕はここにいる」
ということを世の中に伝え続ける。
僕は、自分のことがかなり好きだ。
だから、自分の存在を世の中から消してしまうなんてもったいないと思う。
これだけの人間がいる。
これだけ頑張っている人間がいる。
これだけ自転車を続けている人間がいる。
これだけ仕事もしている人間がいる。
これだけ発信している人間がいる。
なのに、まだ十分に知られていない。
そう考えると、むしろ今の状況は、
「まだ伸びしろがある」
ということなのかもしれない。
すでに知られている人なら、これ以上知られる余地は少ない。
でも僕は違う。
まだ埋もれている。
つまり、これから見つかる可能性がある。
そう考えると、悪くない。
むしろ楽しみだ。
いつか誰かが、
「ずっと発信していたんですね」
「こんな人がいたんだ」
「もっと早く知りたかった」
と言う日が来るかもしれない。
その日のためにも、僕は発信を続ける。
僕は、自分の価値を疑っていない。
世の中がまだ気づいていないだけ。
自転車界でも。
職場でも。
SNSでも。
僕くらいの逸材が、日の目を浴びずに埋もれている。
だからこそ、僕は発信する。
自分を知ってもらうために。
自分の価値を伝えるために。
そして何より、
「こんな人間がここにいる」
ということを、世の中に知らせるために。
なぜ、まだ気づかれていないのか。
正直、僕にも分からない。
でも一つだけ分かっていることがある。
僕は、まだ発信をやめるつもりはない。
だって、
こんな逸材を埋もれさせておくなんて、あまりにももったいないから。