もう10年以上前のことです。

私は当時、ボクシングをやっていました。

中年になってから始めたのですが趣味というにはちょっと軽すぎるくらい、真剣に取り組んでいたと思います。

試合に出ることまでは考えていませんでしたが、週に何度もジムに通い、

自分なりに全力でトレーニングを続けていました。


ある日、体の疲れを癒やそうと、マッサージ店に行きました。

施術中、担当してくれた女性のマッサージ師さんが、ふと尋ねてきたんです。


「お客さん、何かスポーツやってますか?」


そのとき私は、少し答えに迷いました。


ボクシングって、世間ではどこか怖いイメージや乱暴な印象を持たれがちです。

それに当時は、亀田兄弟がテレビによく出ていて、

その言動やふるまいから「怖そう」「乱暴そう」「頭が悪そう」といったイメージが

ボクシングという競技全体にまで広がっているように感じていました。


だから、「ジムに通って体を鍛えてる程度です」と、当たり障りなく答えました。


その場はそれで流れたのですが――


少し間を置いて、マッサージ師さんが突然こう言ったんです。


「…お客さん、ボクシングやってませんか?」


驚きました。

なんで分かったんだろう?と、ちょっとゾッとしたというか、

ドキリとした気持ちになりました。

でも同時に、なんだか嬉しかったんです。

自分の体が、自分の努力の結果になっていたんだと実感できたからです。


「何で分かったんですか?」


そう聞くと、マッサージ師さんはこう答えました。


「筋肉の付き方が違うんですよ。うまく言えないけど、

一つ一つの筋肉が、少しずつ“離れてる”ような感じがするんです。

ボクシングやってる人って、独特なんですよね」


その言葉が、すごく嬉しかった。

鏡で見てもわからない変化が、誰かの手にはちゃんと伝わっていた。

見た目よりもずっと正直なのは、やっぱり“触れた感覚”なんだなと思いました。


あの「ボクシングやってませんか?」という一言は、

今でも記憶に残っている、小さな誇りのひとつです。


それから何年かが経ち、

私はボクシングを辞めていました。


生活のペースも少し変わり、

ハードな練習をしていた頃とはまた違う日々を送っていました。


そんなある日、久しぶりに、あのマッサージ店に行きました。

担当してくれた方が、当時と同じ人だったかどうかは覚えていないのですが、

施術を受けながら、ふと思い出して話したんです。


「昔ここでマッサージ受けたときに、ボクシングやってるってバレたことがあったんですよ。

 筋肉の付き方で分かったって言われて、ちょっと感動したんです。

 やっぱりマッサージ師さんって、すごいですよね」


するとその方が、私の肩や背中を押しながら、静かにこう言いました。


「うーん……ボクシング、というよりは……

 なんか重いものを持ち上げてるような感じの筋肉ですね」


……またしても、ゾッとしました。


実はその頃の私は、

ボクシングをやめてから、ジムでウェイトトレーニングを続けていたのです。


もうパンチを打つことはなくなったけど、

スクワットやベンチプレスで、日々コツコツと体を動かしていました。


たしかに、ボクシングをやっていた頃とは筋肉の質もつき方も変わってきていたはずです。

それを……何も言っていないのに、触っただけで言い当てられるとは。


あらためて思いました。

やっぱり、マッサージ師さんってすごいなあ。