今、長男は21歳で一人暮らしをしている。
大学に通いながらジムにも通い、筋トレと食事管理に励んでいるようだ。
栄養バランスも考えつつ、しっかり自炊もしていて、親としてはなんだか頼もしい。
そんな彼にも、もちろん「初めての炊飯体験」というものがある。
思い返せば、その“前哨戦”とも言える出来事があった。
まだ幼稚園児のころ、
ふたりで晩ごはんを食べていたとき、うっかり自分がおかわりを多く盛ってしまい、
どうやら息子の分がちょっと足りなかったらしい。
「もっと食べたいなあ」と言うので、
「じゃあ急いで一合だけ炊こうか」と提案した。
計量カップで一合の米を量り、炊飯器に入れたところ、
息子がその米を見て不思議そうな顔をした。
「たったこれだけ? これじゃ足りないよ。」
「違うんだよ。これが水を吸ってふくらむんだよ。」と説明しても、
どうもピンときていない様子だった。
それでも何とか説得して炊飯を開始。
炊き上がったところを一緒に見て、ようやく納得。
「あ、ほんとに増えた! いっぱいになってる!」
結局その一合を全部食べきることはできず、
お腹いっぱいになって、満足そうな顔をしていた。
そして、そんな“ふくらむごはん”の成功体験から数年後
彼にちゃんとした炊飯を任せてみることにした。
しかし、その成功体験は、すっかり記憶から抜け落ちてしまっていたようだ
「ご飯を2合炊いておいて」と伝えた。
しばらくして様子を見に行くと、
炊飯器の「2合」のラインまでお米だけがぎっしり入っていた。
「おいおい、それは“水のライン”だってば」と、慌てて止めた。
まだ炊いてはいなかったのが救いだった。
その後、計量カップの使い方を教えて、「これでもう大丈夫」と思ったのだが……。
今度は、きちんと米2合を量り、炊飯器に入れ、
水を入れずにスイッチを押してしまっていた。
そして、ピッと炊き上がった炊飯器のフタを開けたとき、
彼が言ったひと言が忘れられない。
「あれ? なんかふっくら炊けてないね。」
……うん、水入れてないからね。
見た目は茶色く、香ばしく、完全に“焼かれた米”。
通常なら「やっちまった」で終わるところだが、
ここでちょっとした実験をしてみた。
その焼かれたお米に水を加え、もう一度炊飯ボタンを押したのだ。
結果――
なんと、香ばしくてちょっと美味しい、
**ちょっとした“おこげ風ごはん”**が完成した。
今では栄養バランスを考えて自炊する息子にも、
そんな伝説の“水なし炊飯”時代があった。
失敗の記憶も、ちゃんと食べて笑えるなら、
案外、いい思い出になる
