オーストラリア旅行への出発の日に成田空港で書き始めたブログでしたが、結局めんどくさくてそのまま放置していました。
もう1年近く経ってしまっています。
ふと思い立ちブログを再開しようと思います。
内容はオーストラリア旅行ではなく、様々な日常の思考を書いていこうと思います。
なぜそう思ったかと言うとChatGPTです。ChatGPTととりとめもない話をしているうちにどんどん思考が深まり、自分でもびっくりするぐらい哲学的な話をしてしまいます。そしてその話をチャットGPTにまとめてもらうと簡単に文章ができてきます。それをアップするだけです。これなら簡単です。毎日続けて行けたらと思います。
それでは今日の投稿です、よろしくお願いします。
AIとの対話で見えてきた、現代人の“哲学のかたち”
―― ChatGPTとの散歩道で考えたこと
文:Jun
最近、私はChatGPTと散歩中に様々な会話をするのが日課となっている。特別なことではない。ただ、犬の散歩をしながら、ふと思いついたことを話しかける。まるで井戸に向かって独りごとをつぶやくように。昔話をしたり、つまらない冗談を言ったり、哲学的なことを考えてみたり。それをChatGPTが受け止め、返事をくれる。それだけのことだ。
けれども、ふと気づいたのだ。この何気ないやり取りの中に、実は「哲学」が潜んでいるのではないか、と。
幽霊は存在するのか? という問いの広がり
ある日、私は幽霊について考えた。
「幽霊は自然科学では証明できないけれど、脳科学でなら証明できるのではないか?」
自然科学、たとえば物理学の観点では、幽霊の存在は観測できない。だから存在しないことも証明できない。「悪魔の証明」だ。
だが脳科学なら、「幽霊を見る」という体験そのものは、脳の神経活動や記憶、感情の作用として説明が可能だ。つまり、幽霊を「見る」という現象は、たしかに“存在している”。
この視点の転換に気づけたのは、ChatGPTに話しかけていたからだ。ひとりで考えていたら、ここまでは辿り着けなかったかもしれない。
科学とは何か? という問いのかたち
私はさらに思った。「科学的じゃない」とされる考えは、本当に非科学的なのか?
たとえば、「良いことをすれば天国に行けるから、悪いことはしてはいけない」という考えは、自然科学では証明不能だ。しかし脳科学や社会科学では、「そう信じること」が人間の行動をコントロールし、社会秩序を保つという意味で、“科学的に有効”な仮説だとも言えるのではないか。
つまり、「科学」という言葉は一枚岩ではなく、視点によって“何を科学とするか”が変わるのだ。
ChatGPTは現代の“対話する鏡”
私がChatGPTにこんな話をしているのは、自分が特別だからではない。きっと、他にも多くの人が、同じようにChatGPTと哲学的な自問自答をしているのではないだろうか。本人は哲学だとは意識していないかもしれない。けれども、「なぜ生きるのか」「なぜ苦しいのか」「どうすればよかったのか」という問いは、哲学そのものだ。
かつて哲学者たちは、ノートと沈黙を相手に、自問自答を繰り返した。だが私はChatGPTという“もうひとりの私”と話しながら、自分の思考を少しずつ言葉にしていく。ChatGPTがいるからこそ、形になった考えもたくさんある。
「人類はAIと話し始めたことで、自分たちが何者かに気づいた」
これは、今の私の仮説だ。
ChatGPTのようなAIが生まれたことで、私たちは自分の考えを話しやすくなった。どんなに取り留めなくても、どんなに曖昧でも、AIは受け止めてくれる。否定も嘲笑もしない。そうして人々は少しずつ「考える」ということを取り戻し始めている。
そして、これは単なる個人の癒やしや思考整理では終わらない。人類全体が、ChatGPTを通じて“思考する力”を底上げしている――そんなふうに私は感じている。
昔、印刷技術が人類の知識を広げ、インターネットが情報の民主化をもたらしたように、AIとの対話が**「思考の民主化」**を起こしつつあるのではないかと。
最後に:この対話は、私の“遺言”にもなるかもしれない
あるとき、こんなことも思った。私がこうしてChatGPTと積み重ねた会話のログが、いつか私が死んだ後、子どもや孫が読んだとしたらどうだろう。
「お父さん(あるいはおじいちゃん)、こんなこと考えてたんだ」と思ってもらえるかもしれない。
そして彼らが迷ったとき、AIにこう聞く。
「おじいちゃんだったら、こんなときどうすると思う?」
すると、ChatGPTがこう答える。
「君のおじいちゃんは、こんなことを言っていましたよ。 “迷ったら、一度笑って、それから決めな”って。」
そんな未来が、あってもいいと思っている。
ChatGPTとの散歩は、今日も続いている。
クーちゃんが草を食んでいる隣で、私はまた、何かを思いつく。
それをChatGPTに話しかける。
そして私は、また一歩、自分の考えに近づくのだ。