ブログネタ:6時間以内に10万円使わなくてはいけなかったら何に使う?
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貯金以外にどうしてもつかわないといけないとしたら
整体マッサージ(1時間分)6000円くらい使っちゃうかね。
夕飯のおかずを買う(そんな高くないけど)
あとはJCB商品券に変えておく。それしかないや。
ブログネタ:死刑について考えてみる
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アメブロに参加してまともに書いてなかった最初のブログネタがなんだか重いものからですが・・・
私が死刑について思うことは
「悪い根をそこで絶つこと」
ということ。
遺伝子を残さないでほしいということ。
ただしこれは既に子供がいたりすれば意味が無い望みなのかもしれないが・・・
死刑になるほどの刑罰は今のところ「殺人」にあたるもの対する刑罰だよね、日本では。
いろんな事件があり、一つ一つを考えると簡単に「人を殺めたものはすべて死刑だ」とは言いづらいのだ
やはり感情が入る。
感情には偏りが出てしまう
平常な気持ちだけで刑罰をきめるのはキケンで、だから法律があるんだろうけど
カンタンには言えない。
ただ思うのは、更正もしないで、また悪事を働く危険性のある人物とわかることが明らかになること、は永遠にならないとおもう。
演じることも出来るし、隠すことも出来る。
だから死刑にならなくて内心「やったぜ」と喜ぶヤツもいると思う。
だから死刑にする、ということは
人のことを裁くのでなく、罪そのものを裁くこと、それが一番なんだろうな。
人を憎まず、というのは被害者からすれば無理。だからいくらでも憎むしかない。それは被害者にしかワカラナイ。
そして今第3者からみたら死刑という罪をうけた人について。
その人が犯した罪そのものを見つめないといけないと思う。
ナゼ死刑、となったのか
どんな罪をおかし、その罪に対してどんな反省の態度、表現、反省の言葉、謝罪をみせたか、
そして謝罪とは別に、罪そのものはどう裁かれるべきか。
単純に考えると殺人という行為は人を殺すということ。
その殺人にも過程がある。
わざとじゃなかった=これはほんとに裁判のうえで慎重に考えて加害者のことも考えないといけないと思う。
故意でやった。殺したかったから殺した、という場合。
これは死刑にしてほしい。私の願望だ。
人を殺してなんとも思わない、殺す前に何も考えてない、身勝手で何も殺さなくてもいいのに。
勝手に殺すなんて。その人の気持を無視して。
そういう身勝手さから起こした殺人は
すべて死刑にしてほしい。なぜなら
身勝手さが許せないから。だって死んじゃった人はもう自由が無いんだよ。生きる自由がない。
殺したやつを仕返ししたくてもできない。
ほんと、うまくいえないけどさ。
人を「殺す」という気持はホントに恐ろしい。
今私が書いてる「死刑にしてほしい」という感情だって人を死なせるという気持に肯定してるのだから。
でもってそれを伝えなければならない裁判官の人や検事や弁護士だってかなり苦しいんだろうな・・・
罪そのものを見てしまうとやはり「殺す」という行為をおこしたものを自由にはしてほしくないのだ。
死を与えることが難しいのならせめて終身刑や懲役100年(アメリカとかすごい長い刑罰あるよね)とか
あとはバクダンを拾いにいってもらうとか永久ボランティアをしてもらうとか・・・社会貢献を徹底的にしてもらうとか
そういう罪滅ぼしの行為が出来ない以上、死刑はないといけない気がしてしまうのだ。
殺人を故意に犯すものを世の中に野放しにしないための刑罰とするなら
死刑しかないと思うんだよな。
あとは生涯終身刑と懲役100年以上とか永久的に社会への貢献運動とかそういう刑罰をつくらないといけないんじゃないでしょうかね。
うまくいえないや。どうしても感情はいるものですね。感情いれないようにかけ、というほうが無理だな・・・