福島の小児甲状腺ガンについての公式見解を読み解く
ピアース・ウィリアムソン
http://www.save-children-from-radiation.org/2014/12/28/%E5%A4%9A%E7%99%BA%E3%81%99%E3%82%8B%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E5%B0%8F%E5%85%90%E7%94%B2%E7%8A%B6%E8%85%BA%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%9B%9B%E3%81%A4%E4%BA%8B%E5%AE%9F%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E7%96%91%E5%95%8F-%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E3%81%AE%E5%B0%8F%E5%85%90%E7%94%B2%E7%8A%B6%E8%85%BA%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E5%85%AC%E5%BC%8F%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%81%BF%E8%A7%A3%E3%81%8F-%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B9-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%82%BD%E3%83%B3-%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%AB-%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9%E6%8E%B2%E8%BC%89%E8%AB%96%E6%96%87/
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したがって、問うべきことは――山下と鈴木が断言する「事実」が、放射線被曝と福島で見つかっている甲状腺癌との関連に対する彼らの全否定を裏付けるほど強固なものなのか? 筆者はそうではないと主張し、4つの「事実」のひとつひとつが懐疑的に見られるべきであることを示したい。「それに替わる議論」が提示する「事実」を挙げ、専門家たるもの、もっと慎重になる必要があると考える。
鈴木や山下のような専門家は科学的中立性を唱えるかもしれないが、その実、論法が非科学的で、中立からほど遠い。科学の手順は、不十分な情報しかない状況では、判断を控え、裏に潜む知識不足を隠すために結論を誇らしげに開陳してはならないと要請しているはずである。しかも、時期尚早な結論の喧伝は、非政治的どころではない。日本の国は原発を再稼働する公然たる政策を掲げている。この方針は、野田政権が福井県の大飯原発の原子炉[2基]を点火した2012年から生きている(もっとも、菅内閣は別にして、放棄されたことはなかったが)。安倍政権はウラニウム使用に復帰する取り組みを倍加した。病気の子どもたちと原子力の関連が、確定までされなくとも、可能性として公的に認められるだけで、政府の方針が、国家規模の災害を招いたテクノロジーの再興に大半が反対している日本国民の支持を勝ち取るのが明らかにもっと困難になる。
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結論
福島医大のスクリーニング調査で見つかった甲状腺癌と東京電力福島第1原子力発電所からの放射性フォールアウトによる被曝のいかなる関連をも否定する公式論がある。山下俊一と鈴木真一がこの論法の主唱者だ。彼らは、福島で見つかっている甲状腺癌は「スクリーニング効果」によるものだとか、チェルノブイリでは事故後4年たつまで甲状腺癌は出なかったとか、福島の放射線レベルは絶対的な意味でもチェルノブイリと比較しても低いとか、チェルノブイリ事故後の甲状腺癌はミルクを摂取したためであり、福島の子どもたちは照射された牛乳を飲んでいないので、守られているとか、繰り返し言い張ってきた。
筆者は、甲状腺癌が現れるのにチェルノブイリ事故後4年かかったと聞いて、この「事実」が2011年3月11日から2014年6月30日までにどれほど広く報道されているのかを調べるために、日本の3大手新聞、すなわち、朝日、読売、毎日の記事を調査した。時間間隔に触れた回数のうち、それを「4~5年」とするものは、朝日が58%、毎日が48%だった。読売で最も一般的だった時間間隔は「5年」で、割合は37%だった。各紙それぞれ1つの例外を除いて、他のすべての言及は5年以上であり、「数年」というあいまいな表現が2つあった。
筆者は4年間の「事実」が商業紙で一般市民に一貫して伝えられていることを確認したあと、さらに続けて、この「事実」を揺るがしたTV朝日のニュース報道が提示したものなど、情報を検討した。ソ連の医師たちがチェルノブイリ事故から4年ばかりたつまで超音波検査機器を受け取っていなかったことを示した。だから、最初の4年間、検査は手による触診でおこなわれ、これは小さな腫瘍を見落とすような、非常にあてにならない診断法である。さらに、当時、ヒロシマ・ナガサキ原爆被爆者の生涯調査にもとづいて、甲状腺癌は放射線に被曝してから8年たたなければ現れないと考えられていたので、多くの医者たちは見向きもしなかった。4年後に甲状腺癌の症例数の増加が報告されはじめると、公式見解の最初の反応は、「スクリーニング効果」を持ちだして、報告を退けることだった。その後、この却下は誤りとわかった。
筆者は福島に関して、疫学者の津田敏秀が福島医大のデータに地域群が含まれ、これは「スクリーニング効果」で説明できないと結論したことを伝えた。公式見解は福島県外の対照群が福島の結果が異常でないことを実証していると主張しているが、津田とIPPNWが揃って、対照群が比較にならないと指摘している。津田はまた、年齢層の違いを調整すると、福島県外の子どもたち4,365人に癌1症例は、福島の一地域で見つかった最高の発症率、1,633人に1症例より有意に低いと主張する。福島医大が保有している症状のある症例の情報にアクセスしなければ、「スクリーニング効果」が働いている程度を確認することが不可能であるのに、それを開示するのを拒否しているなら、仮説を裏付けると言われているデータの健全性に自信があるとはとても言えない。しかし、「スクリーニング効果」に間違いないとすれば、福島医大は必要もない手術をやってきたのかもしれない。
潜伏期間4年を主張する鈴木と山下にはあいにくながら、全米科学アカデミー発の甲状腺癌に関する最新の知見によれば、未成年の場合、電離放射線被曝の1年後、成人の場合、2年半後に甲状腺癌が現れることがある。また、電離放射線被曝による甲状腺癌が特に侵襲性であることが、チェルノブイリ事故後に判明し、医学誌キャンサーに掲載された最新の研究論文で再確認された。現実に、ベラルーシでチェルノブイリ事故後4年以内に13例の甲状腺癌が現れた証拠があり、山下自身がこれらの症例を記録していた。ウクライナ政府もまた、つい最近の2011年、甲状腺癌がチェルノブイリ事故のほぼ直後に発症した事例を報告している。
それにまた、これ以下なら40歳未満の人に影響しないとIAEAが以前に言っていたレベルの半分の被曝線量で、成人に影響することもあるようだ。2011年にIAEAがチェルノブイリの最近のデータに照らして、ヨウ素剤服用の基準を100ミリシーベルトから50ミリシーベルトに引き下げ、日本政府もこれに従い、40歳以上の人のヨウ素剤受け取りも容認することになったのはいいが、相変わらずWHO指針に反して、事前配布を拒否している。そのうえ、WHOは1999年以来、乳幼児、18歳までの子どもたち、妊娠中と授乳中の女性の限度を10ミリグレイに定めていた。このような被曝線量レベルが過小評価であるか、ほんとうのところは定かでないが、肝心な点は、政府が拠り所にしていた重要な「事実」が最近になって、ウソに変わってしまったということである。
もう一つのデタラメな主張は、汚染されたミルクがチェルノブイリの甲状腺癌の原因であり、日本の食品規制が厳格だったので、福島の子どもたちは大丈夫という論法である。現実には、UNSCEARが日本の食品規制をお世辞にも適切とは言えないと考え、WHOが呼吸を福島の子どもたちの「被曝経路」に認定していた。福島の放射線量レベルが低いという同類の論法も疑わしい。山下は、ヨウ素剤を配布しないよう忠告したのは間違いだったと認めた。SPEEDIデータを見て、間違っていたことに気づいたのである。ところが、福島医大の教職員はヨウ素剤を受け取っており、後に高レベルの放射線が大学の近くで検出されたのだ。国会の福島原発事故調査委員会はさらにまた、原子力安全委員会がヨウ素剤配布を勧告していたが、そのファックスが見失われて、大多数の市町村が勧告に従わない結果になった実情を突き止めていた。最近の調査によって、福島第1原発からの放射能放出量がチェルノブイリ事故のそれと同量またはそれ以上であったと示唆されている。
個人被曝線量レベルが記録されるべきだったときに記録されなかったので、被曝線量レベルにまつわる深刻な疑念に捕らわれるばかりである。床次真司が爆発の少し後に測定しようとしたとき、福島県当局は待ったをかけた。彼が1か月ほど後にようやく集めたデータは、最近、IAEAが掲げる50ミリシーベルトの閾値を超える被曝線量レベルを示していた。それに加えて、UNSCEARが甲状腺の被曝線量レベルを最大83ミリグレイと見積もっており、これでは、IPPNWがいう通常時の背景放射線による甲状腺の年間被曝線量である1ミリグレイの83倍になる。UNSCEAR2013年報告の数値を使えば、甲状腺癌罹患数は1,016症例になり、そのほとんどが子どもたちであり、死亡者は70人内外に達する。
鈴木や山下のような否定論者は、デタラメな主張を押し付けてきただけでなく、「秘密会」に関与したり、チェルノブイリにまつわる知見を隠したり、「スクリーニング効果」仮説の根っこを掘り崩しかねない福島の症状のある症例の開示を忌避したり、強引な政治的行動に終始してきた。残念なことに、この類いの政治的なふるまいは、ICRP(収賄集団)、IAEA(露骨な核推進機関)、WHO(イラク劣化ウラニウム調査を遅らせ、不十分なままで終わらせたIAEA従属機関)、UNSCEAR(適性申告や利益不相反宣言を求められないまま、核保有諸国から派遣された役職員が主体の寄せ集め)といった、権威ある国際機関に付きものである。これらの尽きることなく楽観的な見解は、他の独立調査に照らして、批判を免れない。
しばしば見落とされることだが、全米科学アカデミーが示すように、女性は男性より弱く、子どもは成人より弱い。スティーヴン・スターは、こうした違いがリスク・モデルから抜け落ちているといって、注意を促している。しかしながら、福島の男の子たちの比率が、チェルノブイリ事故後にわかったように高くなっていることに清水一雄が注目しており、甲状腺癌は例外なのかもしれない。
もうひとつの頻繁な見落としは、津田とIPPNWが浮き彫りにするように、「観測できる増加がない」だろう(WHO)とか、「認識できる変化がない」だろう(IAEA)という断言である。このような結論は否応なくメディアの大見出しになって垂れ流され、問題はないという印象を伝える。これはじっさいに、増加しないことを意味していないが、「統計的有意性」概念の下で起こっていることを隠すのに役だっているのである。このような観測が、天命より早死にするかもしれないので、被災した人びとのリアルな関心事である病気の増加に留意しているのでもない。公式・非公式の全般的な過剰癌の推計は、実に2000から数十万までばらついている。違いは非常に大きく、核反対派、推進派の分断を挙げることができるが、要点は、UNSCEARやWHOの大ニュースが流れても、健康への影響がないと実際に予測する人などいないことにある。このことは、「不安」の増加を心配しているだけの福島医大の公的な立場と相反する。
要するに、説明責任に訴える要求、権力の強固なシステムに対する異議申立てを招きかねない心理状態である「不安」を抑えるための情報管理が、利権を脅かすかもしれない、開かれて正直な検証より優先されたのである。ざっと160,000人の人びとの強制避難がつづき、福島第1原発をコントロール下にもっていけないままであり、個々の暮らしも地域社会も破壊され、大気、土壌、海、農産物、海洋生物、牛、野生生物が汚染され、それらをひっくるめた結果として、農地と漁場に依存する農水産地域を特に荒廃させ、避難する道中の死(注97)と避難後の自殺をまねき(注98)、地震と津波の後、瓦礫のなかで身動き取れなくなった人びとを救助隊が捜索し、手当てしたくても、立入禁止区域に入れなかったことによって、ありえたかもしれない死をもたらし(注99)、子どもたちの肥満、児童虐待、孤独死、家庭内暴力など、(原発からだけとは限らないが)避難者たちのストレスや運動不足による健康や家庭内の問題(注100)を招いた後でさえ、しぶとく生き残る方針である、国の核エネルギー政策を望ましくない知見が揺るがしかねないので、放射線による健康への影響の範囲と性格に関して、当局機関が積極的になるのは、とてもありそうもないことである。これでもまだ足りないかのように、数十万人の子どもたちが実施中の一斉検査のトラウマに耐えており、最も不運な数十人が、手術、高くなった健康リスク、生涯つづく処方薬依存に直面している。
しかしながら、筆者は本稿の執筆を終えるにあたり、甲状腺癌は、たぶん主だった国際機関が認定した唯一のチェルノブイリ事故後遺症だったため、最大の注目を浴びているが(逆に言えば、それが比較的に致命的でない疾病なので注目を浴びることになったのだろうが)、その他にもベラルーシとウクライナの子どもたちに、白血病、心臓疾患、免疫力低下、出生率低下、死亡率上昇、脳梗塞、高血圧、慢性疲労など、明らかにチェルノブイリ事故関連の健康問題に言及した現地の報告がたくさんあると記しておかなければならない(注101)。こうした問題が日本でこれから具体化するのか、あるいはすでに具体化しているのか、これは本稿の意図を超えた未解答の問いである(注102)が、傲慢な絶対否定論支えるために、いかなるそのような展開をも政略的な「統計的有意性」のベールで隠そうとする輩たちに警戒を固めておくべきである。
【筆者】
ピアーズ・ウィリアムソンPiers Williamsonは、北海道大学メディア・コミュニケーション研究院の特任准教授。著書“Risk and Securitization in Japan, 1945-1960”[『1945~1960年の日本におけるリスクと証券化』]Routledge(2013年)、長島美織、 グレン・D・フックと共著『拡散するリスク政治性:外なる視座・内なる視座』萌書房(近く刊行)。
【謝辞】
ハヤカワ・アズミとフジワラ・マサコの優れた調査協力、マーク・セルデン、落合栄一郎の洞察に満ちたコメントと支えとなる指導に多大な感謝を申し上げたい。ノーマ・フィールドにも本稿の構想段階に関わっていただき、また平沼百合とイワタ・ワタルにもご助力いただき、大変ありがたかった。