パーキンソン病の方は睡眠が足りなくなるとか、少なくなるとか、眠れないとか、たまに聞きます。
レム睡眠行動障害の心配もしなくちゃなので、難儀な病気だなーとも思います。
そのあたりを詳しく書いてくれてます。
【Forbes Scott Travers氏】
人間の脳は毎晩、「制御された消える魔法」のような離れ業を実行している。脳は、意識レベルを下げ、現実の世界を遠ざけ、複数の状態が切り替わる睡眠サイクルをめぐらせる(それぞれの睡眠状態は、明確な神経学的な特徴を持っている)。
このように脳が働いている睡眠時間の大半で、体は待機状態にある。閉じられたまぶたの下で、眼球がきょろきょろ動く時もあるが、基本的に筋肉は動きを止める。さらに声も、ほとんどの時間は発されることはない。ただし例外も多少はある。
寝言(Sleep talking)は、学術的にはsomniloquy(睡眠時発話)と呼ばれる。これは、ラテン語で睡眠を意味する「somnus」と、話すことを意味する「loqui」に由来する言葉だ。寝言は、人間の睡眠中に認められる、最も一般的な変容行動(altered behaviors:いつもとは違う行動)の一つだ。
成人1000人を対象とした大規模な疫学的調査では、これまでの人生で寝言を言った体験がある人は全体の66%に上り、直近の3カ月に限っても、約17%が寝言を言ったと回答している。子どもの場合は、こうした現象を示す者の割合はさらに高くなる。幼い子どもでは、約半分が寝言を言うことが報告されている。その割合は、年齢が高くなるにつれて低くなるのが通例だ。
■寝言には2つの種類がある
寝言を興味深いものにしているのは(そして、睡眠研究者にとって非常に有用なものにしているのは)、それぞれの発話が一度きりであり、同じようには起こらないことだ。
寝言の神経科学的特徴は、この現象が起きる時に、その人がどういう睡眠段階にいるかで決まる。ノンレム睡眠の時、なかでも、比較的眠りの深い「ステージ2」や「ステージ3」では、脳波は緩やかなリズムを刻む。しかし、これは何も起きないフラットな時間ではない。脳の活動が沈静化する「ダウン状態」と、活発になる「アップ状態」という、2つの状態を行き来している。
こうしたなかで、時折、脳の活動が盛んになり、さらにその活動が運動性言語野に集中する場合があり、そういう時には、完全に覚醒しないまま、ほんの短時間、喉頭や舌、唇が動くことがある。この場合、本人はまだ寝ていて、意識はない。これは、脳が突発的な動きによる発話を許してしまったという状態だ。研究者はこうした状態を、運動野からの漏れ(motor cortex leakage)と呼ぶ。この結果生じる寝言は、短く不明瞭で、単一の単語やうめき声、不完全なフレーズなどの形をとることが多い。
最も多い寝言は「だめ」などの否定表現
一方、レム睡眠の場合は、状況はまったく異なる。こちらのフェーズでは、夢を見ている脳は非常に活発に活動しており、脳のスキャンでは、起きている状態とほとんど区別がつかない。こうした状態にある人が、脳内で見ている夢を実際の行動に移すのを防ぐために、脳幹にある専用の回路が、筋活動抑制の状態を作り出す。これは、化学物質によって引き起こされる、全身が弛緩した状態で、GABA(ギャバ)やグリシンの受容体によって仲介されている。
『Journal of Neuroscience』に掲載された研究によって、脳が覚醒しながら体は動かない状態を維持するには、延髄腹内側部にある神経細胞(ニューロン)が決定的な役割を果たしていることが裏付けられた。この状態を維持できなくなった場合、非常に顕著な変化が起きる。動物(や人間)は動き回ったり、手や足を動かしたり、周囲の環境に対して直接話しかけたりする。
レム睡眠時の発話の場合、周囲が耳にするのは、夢の中で発した声が現実の世界に漏れ出てきたものだ。筋活動を抑制する効果は、ほぼ全身に及んでいるが、発話に関わる部位だけがその影響を受けないのだ。
ただし、どちらのタイプでも、寝言が生じるメカニズムは、行動の抑制に失敗したという点で、本質的には同じと言える。つまり、眠っている時の脳が言葉を発するのは、自らを抑えられなくなった時ということだ。
■最も多い寝言は「だめ」
パリにあるピティエ・サルペトリエール病院に所属する神経学者イザベル・アルヌルフをはじめとする研究者チームは2017年、学術誌『Sleep』に論文を発表した。これは、今に至るまで、寝言の内容に関する最も厳密な言語学的分析として知られている。
研究チームは、成人の被験者232人を対象に、複数日にわたって、睡眠ポリグラフ検査を実施した。これによって、のべ883件の睡眠時発話エピソードと、聞き取り可能な単語3349件を収集した。
この調査によって、眠っているあいだに被験者が発した単語で最も一般的だったのは、「だめ(ノー)」だったことが判明した。「だめ」を含む否定表現は、すべてのフレーズの21%以上を占め、レム睡眠時よりもノンレム睡眠時に多くなる傾向があった。
一方、疑問を投げかけるフレーズは、全エピソードのうち26%に登場した。従属節も、文法的に完全で、正しい構成を持つものが、全体の13%近くに現われていた。また、罵倒する言葉も、すべてのフレーズの約10%で使われていた。これは、同じ人物の覚醒時と比べてかなり高い割合だった。
さらに目を引くのは、寝言の内容だけでなく、その形態だ。寝ている時の発話でも、起きている時の言葉遣いの構造が維持されていたのだ。例えば、寝言でも想像上の会話の相手がいて、代わる代わるに話すという慣習を守るかのように、「返事をする間」が置かれていた。また、ブローカ野やウェルニッケ野と呼ばれる、正確な発話や言語理解に関わる脳の領域は、寝ているあいだも連携し、活発に働いていることが判明した。
こうした傾向について、アルヌルフ自身もこう指摘している。「夜に発される言葉はネガティブで、緊張感があり、より品がない。さらに、自分自身に対する独り言ではなく、他人に向けられている」
つまり、眠っている脳は、適当なことをつぶやいているわけではなく、誰かと言い争っていることが多いことが、この研究で判明したわけだ。
なぜ人は寝言を言うのか
■人が寝言を言うのはなぜか?
科学の世界では、「睡眠時の発話」が進化してきた(あるいはいまだに残っている)理由について、単一の誰もが納得する答えはいまだに出ていない。しかし、かなり確実な根拠を持つ仮説はいくつかあり、それぞれが、寝言という現象の全体像の異なる部分にスポットライトを当てている。
1つ目の「記憶の固定」仮説は、睡眠時の発話は、脳が夜のあいだに行う記憶処理の副産物、さらにはシグナルだと主張している。
2019年に『Sleep Medicine Reviews』に掲載されたレビュー論文は、睡眠中の発話について、最近学んだ情報を再生するのに関係する、心理言語回路の活性化を反映しているという説を唱えた。これは、睡眠時の発話を、エピソード記憶(事象に関する記憶)と宣言的記憶(declarative memory:言葉で説明できる記憶)の統合を垣間見せる「窓」のようなものとしてとらえるものだ。
関連する研究に挙げられていた顕著な事例では、レム睡眠中に体が動き出してしまう「レム睡眠行動障害」の患者が、寝ているあいだに発したフレーズが、寝る前に学習していたフレーズと一語一句同じではなかったものの、意味的に関連していた、というものがあった。これはいわば、脳の「ファイリングシステム」が、無意識のうちに声に出して読み上げられた例だろう。
2つ目の仮説は、神経科学者アンティ・レヴォンスオが展開している「脅威シミュレーション」説だ。これは睡眠中の発話という現象を、より広い進化の枠組みによって解明しようとするものだ。レヴォンスオは、夢を見る行為そのものが、太古に生まれた生物学的防御メカニズムであり、睡眠中に脅威の認知および回避を予行演習すべく、自然選択によって形作られたという説を提唱している。
この仮説を検証するために実施された、繰り返し見る夢に関する212件の報告を用いた研究では、全体の66%で、少なくとも1回は脅威を感じるシーンが含まれていた。こうした夢を見ている者は、防御的、あるいは回避的な行動でこれに応じることが多かったという。
眠っている脳が、捕食者やライバル、社会的危険などの敵に襲われた場合に備えてシミュレーションをしているのなら、寝言に否定的な言葉や拒絶、攻撃的な言動がみられることも、進化によるものとして筋が通っているように見えてくる。つまり、寝言の「だめ」は、気まぐれに発せられた言葉ではないということだ。「だめ」は、人間の語彙の中でも、先祖代々、予行演習で最も使われてきた単語である可能性も出てくる。
寝言に注意を払うべき時は
3つ目の仮説は、進化による発達よりも、脳のメカニズムに着目した「運動性ブレークスルー(motor breakthrough)」説だ。この説では、運動抑制システムが不完全な時に寝言が発生する、というシンプルな見方をとる。
脳は並外れて複雑な生体システムであり、睡眠中に体の動きを止める役割を持つ回路は、まったくミスなくこの役割を果たすようには最適化されてはいなかった。時にこの回路に漏れが生じるのは(特にこれは、抑制システムがいまだ成熟しきっていない子どもに顕著だ)、脳の機能というよりもむしろ、メンテナンスのための休止時間も設けずに複雑なハードウェアを毎晩運用していることで生じる「副作用」だと、この説では考えている。
ここまで挙げてきた3つの仮説は、相容れないものではない。むしろ、最も妥当と考えられる見方は、寝言が複数の要因によって起きる、というものだろう。つまり寝言は、運動抑制の仕組みが十分に働かないことで発生し、その一方で発話の内容は、話者の脳内で進行中の感情や認知的処理を反映している、ということだ。
■寝言に注意を払うべき時は
大半の人にとって、寝言に害はない。興味深く、時に気恥ずかしく思えることもあるが、おおむね自己解決する現象だ。寝言が起きる要因として、信頼のおける文献で挙げられているのは、睡眠不足や発熱、アルコールの摂取や感情的ストレスなどで、こうしたきっかけとなる事象に気を配ってさえおけば、それ以上に治療は必要ない。
とはいえ、深刻に受け止めるべき状況もいくつか存在する。寝言が頻繁に発せられ、声が大きかったり、手で殴ったり足で蹴ったりする、あるいはベッドから跳び出るといった体の動きを伴う、といった場合は、レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder :RBD)のサインである可能性がある。これは、行動抑制のメカニズムが全体的に働かなくなる症状だ。
RBDは、単に迷惑な症状というだけではない。神経変性疾患の重大な初期マーカーであることが、研究で裏付けられている。RBDの症状を示した者を経時的に追跡した研究では、そのうちかなりの部分が、その後パーキンソン病やレビー小体型認知症を発症したことが明らかになっている。この場合、睡眠時に異常が発生してから10年以上経ってから、これらの病気を発症することが多かったという。
睡眠中に突然起き出して叫ぶなどの行動を示す夜驚症や、ぼんやりしたまま歩き回る睡眠時遊行症、呼吸の停止といった症状を伴う寝言も、臨床上の注意を要する事象だ。さらに、寝言を発する者とベッドを共にするパートナーが、寝言の声がうるさくて眠れない場合は、理由に関係なく、「眠りを妨げられている」という事実そのものを理由に、医師に相談するべきだろう。
とはいえ、大半の人にとっては、夜中に時折「だめ」と寝言でつぶやくのは、脳が、いかにも脳らしく活動しているだけなのだ。