忘れられないプレゼントと言ったら何を思い出しますか?
両親、兄弟、友人、恋人、結婚相手・・・贈り主は様々だろうが、
きっと皆、何か思い浮かぶ物があるのではないだろうか?
勿論、私にも存在する。
既に日常の景色となっている物もあるが、改めてふと立ち止まれば
それらの品に愛おしい情景が蘇る。
私は今、就職したての頃を思い出している。
社会人1年目は地元を離れた会社の寮生活から始まった。
新入社員には半強制的な入居である。
殆どが先輩と組まされた2人部屋。
初めは想像するだけで憂鬱だった。
仕事の不安より、寮生活の不安の方が遥かに上回った。
しかし、その寮生活が私の人生を何より豊かにさせ、
忍耐を養う沢山の学びを与えてくれた。
『しなければよい苦労など何一つ無い』
人はよくそう口にするが、ここでの時間はまさにその通りとなった。
艱難を共に乗り超えた仲間は、生涯の友として心通わせ
ここでの経験と共に、かけがえのない私の財産となった。
寮は会社から徒歩5分に位置し、
中央の管理人室を境に、男女の入り口が左右に分かれている。
また管理人室の奥には、不定期営業の小さな売店とカウンターのみのスナック、
多目的スペースが設けられており、そこには卓球台もあった。
営業時間は、門限に合わせて確か22時?
会社の周りには店ひとつ無い状況の中、この限られた場所だけが
私達の唯一のオアシスとなった。
同期入社は私の勤務地だけでも30人以上。
出身地が異なったメンバーがそれだけいると、いろんな方言が飛び交う。
その中で1日の殆どを一緒に過ごしているのだ。
1ヶ月後には、あらゆる方言が入り乱れ、新語となって身に付いた。
まさに、ひっちゃかめっちゃかな言葉である。
初めは面白がって使っていたのに、
まさか生活語になるとは思わなかった。
印象に残っているものだけでも幾つかある。
新潟の「な~んも」=なにも
静岡の「ら~」=語尾に付ける
千葉の「あじょした」=どうした
群馬の「だがね~」=でしょう
横浜の「さ」=語尾に付ける
山口の「わや」=無理
愛知の「せえだす」=頑張る
長崎の「せんと」=しないと
福島の「あいばんしょ」=行きましょう
これらが入り混じり新たな寮語が生まれたのだ。
それは誰もが自然に身に付けてしまった言葉である。
例えば
「どうしたの?」
「元気が無いじゃないの?」
「何も気にせず無理しないで頑張りましょ」
これが
「あじょしたさ~?」
「元気無いがね~」
「な~んも、わやせんと、せえだして、あいばんしょら~」
なんじゃこれ?
私は標準語に戻るまで何年かかっただろう?
ともあれ、そんな寮生活で恒例となったコミュニケーションが
月に1度の誕生会だ。
誰が言い出したか定かでないが、プレゼントを持ち寄り、
歌って踊ってゲームして盛大なパティーになる。
その第一回目の該当者は私一人だった。
私だけの為にと思うと恐縮するが、正直嬉しかった。
誕生会なんて子供の頃以来である。
ましてや、急速に親しくなった同期ばかりの交流会とあって
準備さえ皆楽しんでいた。
私はすれ違うたびに、ワクワクする様な予告を受け
期待は膨らむ一方だった。
中でも極めつけのプレゼント予告は
なんと、なんと、なななんと・・・。
「歌の贈り物」である。
こんな事は、生まれて初めての体験だ。
同期入社の一人である彼は、音楽が大好きで、自ら作詞・作曲を手がけ
歌もこなすポプコン(ポピュラーソングコンテスト)の常連だった。
そんな彼が、歌を贈ってくれると言うのだ。
彼の歌声さえ聴いた事の無い私には、最高な楽しみである。
舞い上がる気持ちを抑える事は出来ない。
どんな曲を作ってくれるのだろう?
どんな歌詞なのだろう?
私の空想は止まる事を知らず、どこまでも続き
それは果てしなく現実離れしたものになっていた。
彼は言った。
「cyatocoのイメージは・・・・・う~~ん、ボサノバって感じかな」と。
「え~~~私ってボサノバ?」
私はニヤ付く表情を隠すことが出来ない。
ボサノバなんて、何かとってもカッコよさそうである。
しかし、残念な事にイメージが具体化されない。
何故なら、当時の私が持つ音楽ジャンルに、ボサノバ”は入っていなかった。
よって思い浮かばないのである。
ロック・フォーク・ポップス・演歌・童謡・・・・
私の音楽はこれが全てだ。
ボサノバ?!
私は知りもしないこのジャンルを自分のイメージ曲として
家族を始め地元友人達にも言いふらし自慢した。
しかし、・・・・・まったく自慢にならなかった。。。
恐るべし友人達。
皆、“ボサノバ”を知らない。
類は友を呼ぶとはこの事だ。
私を取り巻く生活そのものに、“ボサノバ”は存在し無かった。
誕生会当日は、皆の興奮を一心に予定時刻より30分早めて始まった。
欠席者は誰一人いない。
皆それぞれに胸を膨らませていた。
プレゼントはルームマットやオルゴール。
今でも大事にとってある。
ケーキを食べ、お酒を飲み、卓球もし、
ディスコタイムや、暴露大会にも花を咲かせ
クライマックスで、いよいよ注目の曲披露の時が来た。
録音の準備も完璧だ。
何度も言うが彼はポプコンの常連で
いわゆるシンガーソングライターである。
自ら作詞作曲を手がけて歌う彼が、今日は私の為だけに披露してくれるのだ。
こんな優越感は初めてだ。
私の幸せ感は絶頂だった。
ボサノバ♪ボサノバ♪ボサノバ♪
私の頭は想像のボサノバで一杯だ。
え~~どうしよう?・・・歌で告白されちゃったら?
え~~どうしよう?・・・照れちゃう様な歌詞ばかりだったら?
え~~どうしよう?・・・私、泣いちゃうかもしれない。
ドキドキ度は急激に加速し、呼吸困難寸前となった。
そして、彼がギターを手に取ると、
騒がしかった部屋が一瞬にして嘘の様に静まった。
彼は、チューニングを済ませると、皆の食入る様な視線を浴びながら
「cyatoco誕生日おめでとう」
そう語り、そっとギターを奏で始めた。
イントロは静かに始まった。
なのに・・・・。
歌詞は下記の通り。
なんと、なんと、なななんと・・・。
『 そんなに大きな口を開けて 笑ってばかりいると
そこらも虫まで一緒に 飲み込んじゃうよ
そんなに大きな声を出して 騒いだりすると
近所の赤ちゃんが 目を覚ましちゃう
ほら また 君の悪い癖 本当に君は女の子かい?
無邪気な事はいいけれど 本当に君は僕の悩み ・・・・ 』
・・・・・私は絶句だった。
虫?
大きな口?
ほんとに女?????
なんてこと?
今日はわたしの誕生日だぞ?
少し位誉めてもいいのではないか?
ボサノバはどうしたのだ?
これが、ボサノバなのか?
イヤこれは間違いなくフォークじゃないのか?
告白はどうしたのだ?
涙はどこへいっちゃたのだ?
だが、会場内は今日1番の盛り上がりとなった。
大きな爆笑声と大拍手の中、私だけが固まっていた。
これは・・・きっと私の歌ではない。
彼は「歌う」と言うプレゼントをくれたのだ。
私は今でも心からそう信じている。
そう言えば、もう一つ。
転勤する時に、憧れの先輩からの頂いた送別品も1本のテープだった。
彼はカラオケが好きで、歌がとても上手。
そんな彼の歌声が録音させていると言う。
私は感動した。涙をこらえる事が出来なかった。
送別会から帰宅したのは午前3時。
寮の先輩を必死に起こし、心を弾ませながら一緒に聴いてもらう。
テープのラベルからも手作り感が溢れている。
彼の優しさに触れ、私は聴く前から大量の涙が溢れた。
しぶしぶ起きてくれた先輩も、私の涙を暖かく見つめ
テープを聴く準備を進めてくれた。
そして曲が流れ始めた・・・。
だが????????
歌詞に絶句だった。
なんと、なんと、なななんと・・・。
開口一声
「足でまといだから・・・別れてゆきます・・・」と。
が~~~~~~~ん!!!!
足手まとい??????
はあ~~~?????
足でまといって何????
・・・・なんてこった。
そうなのだ。「足手まとい」と言う歌だった。
しかも演歌!
この歌にはイントロが殆ど無い。
初めの歌詞から「足でまとい・・・」とで出すのだ。
彼はテープの中でこの「足でまとい」を熱唱していた。
私の涙は一瞬にして止まった。
と同時に先輩が泣き出した。
「cyatocoごめん」と言いながら、息もせず大爆笑して泣いている。
心優しい先輩だった。
なんだかとても懐かしい話だ。
私はこの2本のテープをこれからも一生大事にするのだろうか?
両親、兄弟、友人、恋人、結婚相手・・・贈り主は様々だろうが、
きっと皆、何か思い浮かぶ物があるのではないだろうか?
勿論、私にも存在する。
既に日常の景色となっている物もあるが、改めてふと立ち止まれば
それらの品に愛おしい情景が蘇る。
私は今、就職したての頃を思い出している。
社会人1年目は地元を離れた会社の寮生活から始まった。
新入社員には半強制的な入居である。
殆どが先輩と組まされた2人部屋。
初めは想像するだけで憂鬱だった。
仕事の不安より、寮生活の不安の方が遥かに上回った。
しかし、その寮生活が私の人生を何より豊かにさせ、
忍耐を養う沢山の学びを与えてくれた。
『しなければよい苦労など何一つ無い』
人はよくそう口にするが、ここでの時間はまさにその通りとなった。
艱難を共に乗り超えた仲間は、生涯の友として心通わせ
ここでの経験と共に、かけがえのない私の財産となった。
寮は会社から徒歩5分に位置し、
中央の管理人室を境に、男女の入り口が左右に分かれている。
また管理人室の奥には、不定期営業の小さな売店とカウンターのみのスナック、
多目的スペースが設けられており、そこには卓球台もあった。
営業時間は、門限に合わせて確か22時?
会社の周りには店ひとつ無い状況の中、この限られた場所だけが
私達の唯一のオアシスとなった。
同期入社は私の勤務地だけでも30人以上。
出身地が異なったメンバーがそれだけいると、いろんな方言が飛び交う。
その中で1日の殆どを一緒に過ごしているのだ。
1ヶ月後には、あらゆる方言が入り乱れ、新語となって身に付いた。
まさに、ひっちゃかめっちゃかな言葉である。
初めは面白がって使っていたのに、
まさか生活語になるとは思わなかった。
印象に残っているものだけでも幾つかある。
新潟の「な~んも」=なにも
静岡の「ら~」=語尾に付ける
千葉の「あじょした」=どうした
群馬の「だがね~」=でしょう
横浜の「さ」=語尾に付ける
山口の「わや」=無理
愛知の「せえだす」=頑張る
長崎の「せんと」=しないと
福島の「あいばんしょ」=行きましょう
これらが入り混じり新たな寮語が生まれたのだ。
それは誰もが自然に身に付けてしまった言葉である。
例えば
「どうしたの?」
「元気が無いじゃないの?」
「何も気にせず無理しないで頑張りましょ」
これが
「あじょしたさ~?」
「元気無いがね~」
「な~んも、わやせんと、せえだして、あいばんしょら~」
なんじゃこれ?
私は標準語に戻るまで何年かかっただろう?
ともあれ、そんな寮生活で恒例となったコミュニケーションが
月に1度の誕生会だ。
誰が言い出したか定かでないが、プレゼントを持ち寄り、
歌って踊ってゲームして盛大なパティーになる。
その第一回目の該当者は私一人だった。
私だけの為にと思うと恐縮するが、正直嬉しかった。
誕生会なんて子供の頃以来である。
ましてや、急速に親しくなった同期ばかりの交流会とあって
準備さえ皆楽しんでいた。
私はすれ違うたびに、ワクワクする様な予告を受け
期待は膨らむ一方だった。
中でも極めつけのプレゼント予告は
なんと、なんと、なななんと・・・。
「歌の贈り物」である。
こんな事は、生まれて初めての体験だ。
同期入社の一人である彼は、音楽が大好きで、自ら作詞・作曲を手がけ
歌もこなすポプコン(ポピュラーソングコンテスト)の常連だった。
そんな彼が、歌を贈ってくれると言うのだ。
彼の歌声さえ聴いた事の無い私には、最高な楽しみである。
舞い上がる気持ちを抑える事は出来ない。
どんな曲を作ってくれるのだろう?
どんな歌詞なのだろう?
私の空想は止まる事を知らず、どこまでも続き
それは果てしなく現実離れしたものになっていた。
彼は言った。
「cyatocoのイメージは・・・・・う~~ん、ボサノバって感じかな」と。
「え~~~私ってボサノバ?」
私はニヤ付く表情を隠すことが出来ない。
ボサノバなんて、何かとってもカッコよさそうである。
しかし、残念な事にイメージが具体化されない。
何故なら、当時の私が持つ音楽ジャンルに、ボサノバ”は入っていなかった。
よって思い浮かばないのである。
ロック・フォーク・ポップス・演歌・童謡・・・・
私の音楽はこれが全てだ。
ボサノバ?!
私は知りもしないこのジャンルを自分のイメージ曲として
家族を始め地元友人達にも言いふらし自慢した。
しかし、・・・・・まったく自慢にならなかった。。。
恐るべし友人達。
皆、“ボサノバ”を知らない。
類は友を呼ぶとはこの事だ。
私を取り巻く生活そのものに、“ボサノバ”は存在し無かった。
誕生会当日は、皆の興奮を一心に予定時刻より30分早めて始まった。
欠席者は誰一人いない。
皆それぞれに胸を膨らませていた。
プレゼントはルームマットやオルゴール。
今でも大事にとってある。
ケーキを食べ、お酒を飲み、卓球もし、
ディスコタイムや、暴露大会にも花を咲かせ
クライマックスで、いよいよ注目の曲披露の時が来た。
録音の準備も完璧だ。
何度も言うが彼はポプコンの常連で
いわゆるシンガーソングライターである。
自ら作詞作曲を手がけて歌う彼が、今日は私の為だけに披露してくれるのだ。
こんな優越感は初めてだ。
私の幸せ感は絶頂だった。
ボサノバ♪ボサノバ♪ボサノバ♪
私の頭は想像のボサノバで一杯だ。
え~~どうしよう?・・・歌で告白されちゃったら?
え~~どうしよう?・・・照れちゃう様な歌詞ばかりだったら?
え~~どうしよう?・・・私、泣いちゃうかもしれない。
ドキドキ度は急激に加速し、呼吸困難寸前となった。
そして、彼がギターを手に取ると、
騒がしかった部屋が一瞬にして嘘の様に静まった。
彼は、チューニングを済ませると、皆の食入る様な視線を浴びながら
「cyatoco誕生日おめでとう」
そう語り、そっとギターを奏で始めた。
イントロは静かに始まった。
なのに・・・・。
歌詞は下記の通り。
なんと、なんと、なななんと・・・。
『 そんなに大きな口を開けて 笑ってばかりいると
そこらも虫まで一緒に 飲み込んじゃうよ
そんなに大きな声を出して 騒いだりすると
近所の赤ちゃんが 目を覚ましちゃう
ほら また 君の悪い癖 本当に君は女の子かい?
無邪気な事はいいけれど 本当に君は僕の悩み ・・・・ 』
・・・・・私は絶句だった。
虫?
大きな口?
ほんとに女?????
なんてこと?
今日はわたしの誕生日だぞ?
少し位誉めてもいいのではないか?
ボサノバはどうしたのだ?
これが、ボサノバなのか?
イヤこれは間違いなくフォークじゃないのか?
告白はどうしたのだ?
涙はどこへいっちゃたのだ?
だが、会場内は今日1番の盛り上がりとなった。
大きな爆笑声と大拍手の中、私だけが固まっていた。
これは・・・きっと私の歌ではない。
彼は「歌う」と言うプレゼントをくれたのだ。
私は今でも心からそう信じている。
そう言えば、もう一つ。
転勤する時に、憧れの先輩からの頂いた送別品も1本のテープだった。
彼はカラオケが好きで、歌がとても上手。
そんな彼の歌声が録音させていると言う。
私は感動した。涙をこらえる事が出来なかった。
送別会から帰宅したのは午前3時。
寮の先輩を必死に起こし、心を弾ませながら一緒に聴いてもらう。
テープのラベルからも手作り感が溢れている。
彼の優しさに触れ、私は聴く前から大量の涙が溢れた。
しぶしぶ起きてくれた先輩も、私の涙を暖かく見つめ
テープを聴く準備を進めてくれた。
そして曲が流れ始めた・・・。
だが????????
歌詞に絶句だった。
なんと、なんと、なななんと・・・。
開口一声
「足でまといだから・・・別れてゆきます・・・」と。
が~~~~~~~ん!!!!
足手まとい??????
はあ~~~?????
足でまといって何????
・・・・なんてこった。
そうなのだ。「足手まとい」と言う歌だった。
しかも演歌!
この歌にはイントロが殆ど無い。
初めの歌詞から「足でまとい・・・」とで出すのだ。
彼はテープの中でこの「足でまとい」を熱唱していた。
私の涙は一瞬にして止まった。
と同時に先輩が泣き出した。
「cyatocoごめん」と言いながら、息もせず大爆笑して泣いている。
心優しい先輩だった。
なんだかとても懐かしい話だ。
私はこの2本のテープをこれからも一生大事にするのだろうか?