「最近どう?」
「う~~ん、まあまあって感じかな」

友人との会話の出だしは決まってこうだ。
これは長い間変わらない。
だがここ数年、意味だけが大きく違ってきた。
いったい、いつから変わってしまったのだろう?


一昔前、この会話は間違いなく恋愛についてだった。
「最近どう?」イコール「彼や夫とはどう?」である。


よって続きは、デート報告や喧嘩状況及び恋愛・夫婦論。
これがお決まりのパターン。
ずっとそうだった。


ところが今はどうだ?
会話はこう続く。


「そうそう、駅前にいいお店が出来たのよ」
「え~~いつ?そう言えば角のお店、デザートキャンペーンだって」
「え~~本当?あっ、この前の割引券いつまでだっけ?」


全て食べ物屋の話である。
概要は毎回同じなのに、話題は尽きる事がない。


そして、情報確認のランチ会は飽きずに実行される。
私のデブはこうして培った努力の賜物である。
まさにお金のかかった作品と言えよう。


ところが、その作品にもメンテナスが必要になってきた。
自業自得と言えばそれまでだが、緊急事態が訪れようといていたのだ。
発見のきっかけは、やはり友人との会話だった。



実は今年になって、会話冒頭の意味が再び変化した。

話題の殆どを占めていた食べ物談より、優先させるものが生まれたのだ。
主題は完璧に移り変わろうとしている。


最近の会話の続きはこうだ。


「そうそう、たんぽぽがいいらしいよ」
「それを言うなら、玉葱の皮だって」
「あっ。枇杷の葉っぱも効果あるみたい」


何のこと?と思われるだろうが、これは全て健康談である。
そうなのだ。
私達の会話は、恋愛から食へと移り、今や健康へと主題を変えた。
もうじき、美食が草になろうとしている。


かつては恋愛についての「最近どう?」が、今では健康確認となった。
「最近どう?」イコール「身体の調子はどう?」だ。
会話のテーマが、見事に移り変わっている。


なんてこった。
いつからこんな色の無い生活になってしまったのだ。
きっとそのうち、タンポポの味比べが始まるのだ。



だいたい健康知識の出どこだって
みのもんた、立川志の輔、堺正章を師匠と仰ぐ友人からだ。
おもいっきり・ガッテン・あるある である。


いいとも・ドラマ・バラエティーを食入る様に見ていた友人の姿は既に無い。


先日は「病気の遺伝談」で大いに盛り上がった。
友人が、何かの特集で得た「遺伝の統計」知識を語り始め、
最初は聞き流していたのだが、最終的には身を乗り出して夢中になった。


遺伝説????


多少の不確かさはあるものの、実に気になるテーマである。


そう言えば昔から“何々の家系”と言う言葉をよく耳にした。

「うちは糖尿病の家系だから」とか。
「うちは早婚の家系だから」とか。
ハゲちゃん家系・デブちゃん家系・・・・etc


何の疑いも持たず、気にも留めなかった言葉だが
言われてみれば、なるほど・・・と思う節がある。


かく言う我が家も“膵臓の弱い家系”と言われてきた。
祖母は膵臓癌で亡くなり、母も膵炎で生死をさ迷った経験を持つ。
「お前も気を付けないと!」
何かに付けて飛び交う、この言葉が耳を離れない。
いつか私も???そんな思いが、加齢と共に恐怖を募らせる。


勿論、医学的根拠は何も無い。
偶然が重なっただけかもしれない。
しかし不安は拭えない。
勝手な思い込みだが、意識から消えることは無い。


母は何度も言った。
「背中に痛みがあったら、すぐに医者に行くように」と。
母も祖母も“背中の痛み”で膵臓の病気が発覚し苦しんだ。

それゆえ“背中の痛み”については過敏になり、耳にタコが出来る程聞かされた。


そんな中事件が起きた。


あれは先日の事だ。
朝、目が覚めると、何故だか背中が重く痛い。

激痛と言うより鈍痛だ。
どう動いても何かしっくりこない。
だるさも伴うし、吐き気もする。気分は冴えない。
こんな事は滅多にない。


過去にも1度あるにはあったが、痛みが違う。
だいたいその時は「慢性の食べ過ぎ」と判断された。


でも今回の痛みはその時とは明らかに違う。
ましてや時間が経つほどに痛みは増し、吐き気も治まらない。


私は朝食を上の空で用意し、手抜き掃除をすませると
迷わず設備の整う国立病院へと向かった。


病院は想像以上に込んでいる。


私は不安で押し潰されそうになりながらも順番を待つ。
こんな事なら本でも持参すべきだったと後悔した。


すると、50代半ば?の女性が声をかけてきた。
少し距離を置いた隣に座っていたのだが、
お尻をずらしながら近づいて来ると、唐突に話始めた。
「ホントに時間かかるわよね~・・・今日はどうなさったの?」と。


私はその問いに、ためらい無く言葉を返した。
待ち時間の長さと、病院の独特の雰囲気がそうさせたのである。


すると女性は、目を大きくし、眉間にしわを寄せ、
“背中の痛み”と答えた私に、声のトーンを落とし、たんたんと語り始めた。


「背中なんて言ったら、間違いなく膵臓だわね」


ドキッ!
私は動揺した。
予感し覚悟はしていたものの、山の様な不安が、海の深さで訪れた。


女性の話は、どんどん続く。

「膵臓は怖いわよ~。発見が難しいから、気が付いた時には・・・って事が多いのよ」


長年、医療に携わっていたと言う女性は、色んな事に詳しかった。
検査方法や治療方法、とにかく何でも知っていた。
私の頭はパニック寸前だ。
診察前にもかかわらず、想像は果てしなく膨らみ、それは別れの日に迄至っていた。


待つこと2時間半、夢中で話を聞いていた私の名が呼ばれた。
自然に足が震える。
診察室の扉がやけに重かった。


「今日はどうしましたか?」決まり文句だ。
私は背中の痛みを語り、祖母も母も膵臓の病気をしていることを告げた。


先生はにこやかだった顔を硬直させると、
手早く沢山の検査用紙を記入し、各検査室へ電話を入れた。
「緊急検査です。結果分かり次第至急連絡下さい」と。


なんだか凄い事になってきた。
私は全ての検査を優先させて頂く事になった。
すごい配慮だ。
これはもう間違いなく重病?
もしかして私、悲劇のヒロイン?


肩を落とし診察室を出ると、女性が無言のガッツポーズで励ましてくれた。
私は、血液を始め、レントゲン・超音波など幾種類もの検査を受けた。
結果待ちの心境は当てはまる言葉が無い。


先ほどの女性はまだ呼ばれていない。
私を気遣い、今度は生き方論を説いて下さった。
残された時間をどう過ごすのか・・・・これによって人生の光が変わると言う。
私は静かに黙って頷いた。
涙が溢れたいと言っている。
誰かに肩を抱かれたら、強さを失いそうだ。
込み上げる気持ちを、やっとの思いで止めていた。
それは、目に映る大勢の患者風景により、かろうじて出来ていた事だった。


「cyatocoさん○番へお入り下さい」


数歩の診察室が遠くに見えた。
扉を開く勇気は無い。
身体は動かない。


「cyatocoさん○番へお入り下さい」


再び案内が流れる。
私は何度も深呼吸を繰り返し、握りこぶしを作り、
歯を食いしばり、口を一文字に、息荒く扉をあけた。


先生は、上目遣いでチラッと私を見たかと思うと、
何枚もの検査データをパラパラとめくった。
そして言った。
ゆっくりと静かに、ハッキリと。



なんと、なんと、なななんと・・・。
「心配は要りませんね」


はあ~~~?????心配ない????
ええええ~~~????心配ないって???
私は素直に喜べない。
不信感で一杯だ。


「先生、膵臓は?」
「う~~~ん、問題無いですね」


えっ?問題無い?問題ないってどう言う事?????


戸惑う私に先生は続けた。


「とにかく、今日の所は何も問題無いって事で」
「先生、お薬は?」
「う~~ん、いらないでしょう」
「えっ!薬無しですか?でも背中も痛いし、吐き気もありますよ」
「う~~ん、この吐き気は精神的なものかな?まあ~気の持ちようだから・・・」


はあ~~~???気の持ちよう???
気の持ちようで吐き気は止まるのか?


先生の話は終わらない。
「それに背中の痛みは・・・・」
ここまで言うと、初めて椅子を回転させ、私を正視しこう続けた。



なんと、なんと、なななんと・・・。
「寝すぎ痛って事もありますから」と。



はあ~~~~?????
寝すぎ痛??????
なんじゃそれ?????世の中に、そんな言葉があるのか?
そんな病気?があるのか?


私は耳を疑った。
先生いわく、背中の痛みは、膵臓の病気は勿論、骨のゆがみや、神経痛など
色々な原因が考えられるそうだが、私の場合そのどれにも該当しないと言うのだ。
よって考えられるとしたら、太った人が寝過ぎると、背中に負担がかかり
重く感じたり、痛くなったりの“筋肉痛”が生まれるのだろうと。


はあ????
何だとお~~~~!????
デブは寝てても筋肉痛になるのか?
じゃあ~お相撲さんはどうなる?
世の中のデブは、みな背中が痛いのか!!!


先生は、私の心の叫びが聞こえたかのごとく付け加えた。

「運動で鍛えている方には、間違っても起きないですけどね」


はいはい。
どうせ私は、運動をしない単なるデブです。
背筋なんて硬くて1度も出来ません。


「先生、じゃあ~私は、とりあえずどうしたらいいですか?」


すると先生は言った。



なんと、なんと、なななんと・・・。
「そうだな~・・・早起きしてみたらいかがですか?」


はあ~~~~~????? 早起き????
が~~~~~~~ん。絶句だ!
早起きとは何てこった。
これが治療法なのか?


重病を覚悟した私に、早起きしろとは何事だ!!


あ~あ、夫に何て報告しようかな~。


私は深々とお礼を言い診察室を出た。



みなさん、私これから早起きします。
毎日早く寝なくっちゃ!・・・あれっ?