ここ数年、電化製品の進歩は凄まじいものがある。
電子レンジは回らなくても均等に温まるし、種別調理も同時加熱でOKとなった。
洗濯機は乾燥まで出来、エアコンは空気清浄の役割も放つ。
DVDに至っては裏番組の同時録画と言う画期的な便利さだ。


私はかつて世にリモコンが出現した時の感動を、今でも鮮明に覚えている。
離れた所から操作が出来るこの優れ物は、それまでの生活を大きく変えた。
もともと横着な私の行動に、輪を掛けてくれたのだ。
こんなにも動かなくてよい暮らしが与えられるなんて、夢の様だと絶賛した。
まさに驚くほどの発明に思えた。


しかし時代とは恐ろしい物で、この便利なリモコンが、
数年後には家中に溢れだし、かえって不自由をもたらした。
数が増え、機種が似ている為に、手に取るのに迷いが生まれる。
ビデオを見るはずが、エアコンが作動し、ステレオから音が流れる。
あげくに電気まで付くと言う大騒ぎである。

あれ~こっちだっけ?・・・違うか?
じゃあ~こっちかな?
あれ~?・・・。

こんな事の繰り返しだった。
それが今では、多種多様のリモコンが一つにまとめられるのだから、親切この上ない。
不自由がすぐに便利にと生まれ変わる世の中だ。
この卓越した技術に敬意を表する。
技術者達の功績に感謝せずにはいられない。


ところがだ。
世の中には“ここまでする必要があるだろうか?”と疑問を持つ開発品もある。
便利さを超えて意図の見えない商品だ。


あれは、私が忙しく働いていた時の事だ。
会社の健康診断が顧問医のもとで行われた。
方法は一定の期間内に各自が病院へ赴き、検査を受けるというものだ。
私はたまたま多忙を極めた時期でもあり、最終日の検診となった。
当日のスケジュールも満杯で、受付時間もぎりぎりと言う慌ただしさだった。


病院は5階建てで、入院設備も整っている。
一般患者の診察は1階で行い、
健康診断の特設会場は2階に設けられていた。
入院部屋を利用している様に思われたが、
検査の工程に合わせて、個別の部屋が用意されていた。
各検査を終えるごとに、他の部屋へ移り次の検査をうけるのだ。


検査室は最終日とあって、他社とも重なり想像以上の混雑だった。
そこで時間に追われた私は、本来の検査工程を無視し、
ここは臨機応変って事で空いている検査から進めていった。
それは血液から始まり、視力、心電図、聴力、と順不同だった。
そして最後に残されたのが身体測定だ。


扉を開けるとさすがに混雑している。
ましてや、看護士の手が足りないのか、測定の係りが不在のようだ。
列は長蛇になっている。
まいった。こりゃあ~時間がかかる。
仕事が押し迫る中、焦る気持ちを抑えられず、地団駄を踏む。
仕方なくイライラしつつも、見かける顔が多い中、後列に加わろうとした。


その時だ。
どこからともなく「急いでいらっしゃるなら、お先にどうぞ」と言う声がした。
1番前に並ぶ若い女性だ。2番目にはちょっと素敵な男性もいる。
世の中には、なんとも優しい方がいらっしゃる。
甘えていいものか?と一瞬怯んだが、背に腹は代えられず、
ここはせっかくの好意なので受ける事にした。

列の一人一人の顔を見上げながら
「お先にすみません。お言葉に甘えまして」
などと図々しくも前列へと横入りさせて頂いたのだ。


するとラッキーな事に、すぐ看護士が来た。
まさに私が前列に着くと同時の事だ。
なんともありがたい。これで仕事に間に合いそうだ。

そう思った瞬間の事だ。
私は当時としては画期的な機械に出会ったのである。
身長と体重が1度に測れる機械だ。
今ではけして珍しくないものだが、目にしたのはその時が初めてだった。
なんとも便利な機械である。

私はかつて1度として同じ身長だった事が無い。
看護士の加減によって常に前後するのだ。
結婚してからも身長が伸びたり、1日で縮んだりと忙しい。
よって数字は全く当てにしていなかったのだが、
今回は正確な数字が期待出来そうだ。


早速スリッパを脱いで台にあがると、ふと気が付いた。

なんと、なんと、なななんと
文字盤がビックリするほど巨大だった。


お分かり頂けるだろうか?“数値を表示する板“が異常に大きいのだ。
何もこんなに大きく表示しなくても用はたりるはずだ。
看護士はすぐ隣に居るのだし、実に不必要なデカサである。


だいたい私は、質全的に皆が並ぶ列を見ているわけで
この巨大な文字盤も皆の方を向いている。
ようするに、私が数字を知る前に、皆が先に知るって事だ。
こりゃあ~いただけない!
イヤ絶対に避けたい!


私はこの左下に位置する、この「大きな文字盤」を何としても隠さねばならなかった。
そこで考えた末、左手をおもいっきり開いて数値が見えない様に隠してみた。
勿論、手を開いた所で、隠しきれるはずが無い。その位の巨大さだ。
しかし無防備でいりよりは、気が紛れるってもんだ。
すると可愛い顔の看護士が言った。

「手を戻していただけますか?」

何?手を戻せだと~~~?!
戻したらみんなに見られるだろうが?!
それは体重を公表する事になるのだぞ。
そんな事が許されるわけが無い。

私は正直に言ってみた。
「え~~あの~~体重知られたくないのですが・・・」
すると
「大丈夫ですよ。皆気にしていませんから」ときた。

何?気にしてないだと。皆まっすぐに私を見ているではないか?!
よくこう白々しい慰めが言えるものだ!
貴方が私の立場だったらどうするよ?
ったく、まさに“あ~言えば、こう言う”状態だ。


私は順番を譲って下さった方の気持ちを漸く知った気がした。
こりゃあ~最後がいいに決まっている。
素敵そうな男性や見慣れた顔が並んでいるのに
なんってこった・・・・
そう戸惑う私に向かって、さらに看護士は言った。
「身長が正確に測れないので、気を付けの姿勢で居て下さいね」


なんとも今度は「気を付け」ときた。
“気を付け”なんて何年ぶりだろう?
しかし、時すでに遅しである。
私は腹をくくり、左手を戻し、堂々と胸を張って“気をつけ”で測定に挑んだ。
願わくは前方の方々は視力の弱い方でありますように・・・。
心でそう唱えた瞬間の事だった。


信じられない出来事が起きたのだ。
決してあってはならない出来事である。

静まりかえる検査室で長蛇の人列がある中


なんと、なんと、なななんと
測定器がしゃべった!!


「あなたの体重は・・・・」



はあ~~~~??????
あんた何しゃべってるの?
ご丁寧な口調で何言っちゃってわけ?
いったい誰の許可得て、しゃべってんのよぉ~~~~~!!!


信じられない事態だ。
私は瞳孔が開いたまま、瞬きも出来ず息も止まった。
気のせいか列に並ぶ皆の目も、目一杯開いている。
あ~~~なんてこった。
とうとう5キロ以上もさばを読んでいた罪が、公衆の面前で明らかになった。
こんな事があっていいのだろうか?
何の必要があってしゃべるのだ?

だいたいこの機械、調子づいて2度の復唱までしてくれた。
家族も知らない私の重さが、こんな形で大勢に暴露されるとは思わなかった。
大きな文字でも、表示だけだったら、知られるのは近くの人だけですんだのに、
これじゃあ~1番後の人まで、もろ聞こえだ。
私はおもいっきりの動揺で、正確な身長さえ聞き逃した。
2度も復唱してくれたのに・・・・・

気がついたら、前列の優しい女性は後列へと移動しているではないか。

あぁ~~~~なんて事なの?
今、思い出しただけでもゾッとする。
勿論その後に行われた内診の記憶は何ひとつない。

あれから私は健康診断を皆とずらして受けている。
何事も教訓は有効に生かさねばならぬのだ。

ねっ。確かに存在するでしょ?
“ここまでする必要があるだろうか?”と疑問を持つ開発品。

開発に携わる皆様、無駄な便利さの追求はほどほどにね。


*音声は「ON OFF」可能なんですって。のちに知りました。