町の丘の上にある鉄道公園。そこには一台の古びた機関車があった。チャッピーや友達もよく訪れるお気に入りの場所だ。ジュンたち小さな子どもらも機関車のよき遊び相手だった。そんな機関車と子供たちを優しく見つめる老人がいた。老人は、機関車を自分の息子であると語る。彼こそ、昔この機関車、D51-857を動かしていた運転手なのだ。機関車は自分にとって共に人生を歩んだ存在、青春そのものであったと語る老人。今は動かなくなって長いが、死ぬまでに願い叶うならもう一度、機関車を動かしてみたい、力強い汽笛、逞しい響きを聞きたいと言う。チャッピーは老人の拙い願いをなんとか考えてあげたいと考えた。

チャッピーはおじいちゃんに相談する。おじいちゃんは魔法でも大変難しいことと渋る。ひとつだけ方法があると言う。魔法の国に、魔力を増大させる泉があり、そこにバトンを浸せばできるかも知れない。だが使ったものは命が無くなると言うのだ。

近頃、鉄道公園にあの老人を見かけない。心配だったチャッピーとジュンは公園管理に住所を聞き、老人宅を訪ねる。老人は体を壊し寝込んでいた。たまたまテレビにあの機関車が映った。なんと、近々解体され、エスカリア連邦に譲られることになったのだ。老人はショックのあまり、寝込んでしまう。うわ言のように機関車の思いを囁く老人。そんな老人を見たチャッピーは、魔法の泉に向かう決意をする。チャッピーは禁じられていた泉についに、バトンを浸すのだった。

深夜の公園。ジュンたちは老人を連れてきた。チャッピーは機関車の前で呪文を唱えた。機関車は光輝くが動く気配がいまだない。光が大きくなりチャッピーは手から流血する。魔法が跳ね返りチャッピーは倒れた。機関車は動かず光りも途絶えた。チャッピーが死んでしまったのではと、心配するジュンとドンちゃん。小さな鼓動が微かに聞こえた。それは遠くなった老人の耳にもしっかりと届いていた。D51-857が甦ったのだ。ヘッドライトが輝くD51。

老人はいつのまにか運転台にいる。驚くと同時に、機関士だった時代と同じ姿に変わっている。その眼前にはどこまでも続く線路、後尾にはしっかりと客車も連結されていた。老人は懐かしい汽笛を聞き、涙ぐんだ。D51はゆっくりと歩みだした。チャッピーは客車の中で目覚めた。おじいちゃんが側にいた。チャッピーの強い思いが魔力に勝ったのじゃと言う。機関車が動いたことに感激するチャッピーたち。機関車はやがて、新幹線と並走し追い抜いて行った。新幹線の車掌も先輩、D51の姿に敬意を払う。これが老人の最後の夢になるであろう。機関車はどこまでもどこまでも走り続ける……

老人の願いと魔法の存在

魔法使いチャッピーの中でも今回は、ベストに当たる秀作。老人の願いと命をなげうってでも、それを叶えたいと考えるチャッピー。老人が描いた最後の夢。夢である魔法と人の思いや願いは表裏一体であると深く推測できるエピソードだ。今作は作画監督の荒木伸吾氏が、演出の芹川有吾氏から指導を受けてセル画の枚数を上げ、何度も書き直しをしたと言う逸話が残っている。そのため、動輪や機関車のスチームの動きがより繊細に描かれているのが特徴だ。尚、今作のBGMは、伊福部昭氏からの音楽が多数使われている。

1972年6月5日放送

脚本 城山昇
作画監督 荒木伸吾
演出 芹川有吾