実際の人生ストーリーは
急激に変わらない事の方が多い
でも、私たちはつい
「人生を変える瞬間」
に憧れてしまう
ドラマみたいな
出会いや
突然の成功
痛快な運命のどんでん返し
そういう分かりやすい変化を
どこかで期待してたり。。
けれど実際の人間は
そこまで急激な変化を
本能的にはあまり好まない
とも言われている
脳の奥にある扁桃体は環境の急変を
“危険かもしれないもの”
として察知する働きを持っている
だから
大きく変わろうとすればするほど
不安になったり
怖くなったり
急に気力がしぼんでしまったり
することがある
それは意志が弱いというより
人間として
自然な反応に近いのだと思う
だから人生は
扁桃体に気づかれないくらい
静かに変わっていく方が
案外うまく馴染めるのかもしれない
日常の中に
薄く薄くスライスした
「いつもと違う」を
ヤツ(扁桃体)にバレないように
しれーっと積み重ねてゆく
例えば
通ったことのない道を歩く
気になっていた本を読む
普段は入らない店に入ってみる
なんとなく会いたくなった人に
連絡してみる
それくらい小さな変化なら
本能もそこまで強く抵抗しない
人生を揺るがす異常事態ではなく
“ちょっとした寄り道”
として受け入れてくれるのだろう
そして不思議なことに
人生はそういう小さな寄り道によって
少しずつ方向を変えていくことがある
その時には意味など分からない
ただ少し気になっただけ
なんとなく惹かれただけ
けれど数年後に振り返ると
あの何気ない選択が
思いもよらなかった場所へ
自分を運んでいたと感じることがある
人生ストーリーは
大きな出来事だけで
出来ているわけではない
むしろ
小さな感情や
小さな選択の積み重ねによって
静かに輪郭を変えていくのかもしれない
だからこそ
小さな幸せを見逃さないことも
大切なのだと思う
朝の空気が少し気持ちよかった
コーヒーが妙に美味しかった
たまたま聞いた曲が今の自分に刺さった
誰かとの何気ない会話で少し笑えた
そんな些細なことを
「悪くないな」
と感じられる感覚
人生を支えているのは
案外そういう
微細な幸福の積み重ね
なのかもしれない
そして不思議なことに
小さな幸せを意識するようになると
不運に見える出来事への感じ方まで
少し変わることがある
もちろん
嫌なことは嫌だし
苦しいものは苦しい
落ち込む時は
ちゃんと落ち込む
ただそこに
「これは何かの伏線なのかもしれない」
と考えられる余白があるだけで
気持ちはほんの少し柔らかくなる
失敗した
遠回りした
思い通りにいかなかった
けれど後から振り返れば
その出来事があったからこそ
出会えた人や
見えた景色もある
人生ストーリーは時々
とても回りくどいやり方で
幸運を運んでくる
だから不運に見える出来事に対しても
「もしかしたらこれは
幸運の伏線なのかもしれない」
と少しだけ面白がってみる
その視点は
苦しみを消してくれるわけではない
でも
自分の人生をただの消耗ではなく
“物語”として見せてくれることはある
私たちはつい
自分の人生を
平凡だと思い込んでしまう
毎日は似たようなことの繰り返しで
大きな変化など起きていないようにも見える
けれど本当は水面下で
静かに何かが動いているのかもしれない
小さな違和感
何気ない直感
ふとした出会い
小さな幸せ
意味の分からない遠回り
それらが見えない場所で繋がりながら
自分だけの物語を少しずつ進めている
そしてある日ふと気づく
「あの頃は迷っているだけだと思っていたけれど
意外とちゃんと進んでいた」 と
人生は、思っているより少し
ドラマチックなのかもしれない
ただ
その演出があまりにも静かだから
途中では気づきにくいだけなのだろう
そして
その物語の主人公は
間違いなく自分自身なのだ。
