訃報に接し、言葉にならない寂しさを感じています。 

私にとって、日曜の夜といえばこの番組でした。 『久米宏のTVスクランブル』。

今のテレビでは考えられないような熱量と、いつ何が起こるかわからない緊張感。

毎週、テレビの前で背筋を伸ばしながら、

でもワクワクしながら釘付けになっていたのを覚えています。

 

ふと思い立って、大切に保管していた当時の本を引っ張り出してきました。 

昭和58年(1983年)発行の初版本です。

 

 

久米宏さんのあの、カミソリのようなキレ味鋭いコメント。 

そして何より、横山やすしさんとのスリリングな掛け合いが最高でした。 

予定調和が一切ない、まさに「スクランブル(緊急発進)」の名にふさわしい、

ライブ感あふれる空間。

あのお二人のやり取りこそが、日本のテレビ史における一つの到達点だった気がします。

 

 

ページをめくると、あの軽妙で、かつ知的な久米さんの声が脳内で再生されるようです。 プロフィール欄の若々しい久米さんの写真を見ていると、

テレビが一番面白かった時代の記憶が鮮明に蘇ります。

 

 

今の時代、あんなに自由で、あんなに鋭く、

あんなに愛された司会者が現れるでしょうか。

 久米さん、素敵な日曜日の夜を本当にありがとうございました。

心よりご冥福をお祈りいたします。

 

追記)久米さんへの思いがどうしても溢れてしまい、
別のブログ「なんだりかんだり+」でさらに詳しく、
当時の番組や青森・岩手でのテレビ体験について書き残しました。
よろしければ、こちらも読んでいただけると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

🕊 ようこそ
いつも読んでくださっている方も、今日たまたま見つけてくださった方も、

ありがとうございます。
暮らしの中で感じたことを、気ままに綴るブログです。
今回は、子どものころの忘れられない記憶について書いてみます。

 

 

小学6年生だったころの話です。

当時の担任の先生は、とても厳しい人でした。
漢字テストで10問出題され、間違えた数だけ罰があります。

1問間違えると、漢字ノート1ページ分、同じ字を書いて提出。
小学生の私にはかなりきつくて、終わるのは夜10時ごろになることもありました。

さすがに親たちの間でも問題になり、
保護者会のあと「1問につき10個書く」に変更されたと記憶しています。

 

でも、その先生の問題はそれだけではありませんでした。


先生は「追及会」といって、いじめた子を前に立たせ、

みんながその子を問い詰める方法を取りました。

 

本当は男性
 

クラスがうるさいときには、
全員を何十分も沈黙させる罰があったのですが、
その間、生徒に肩もみをさせたのです。

 

当時は「先生の言うことは絶対」「学校とはそういうもの」と思っていました。
でも今になって振り返ると、
あれは子どもにはかなり負担の大きい環境だったのではないかと思います

 

教室が「恐怖」で支配されていた、あの特殊な空間。 

当時は当たり前だと思って耐えていたけれど、

今の私ならはっきり「それはひどい」と言えます。 

苦い記憶ではありますが、それをこうして言葉にすることで、

ようやく当時の自分を解放してあげられたような気がしています。

 

 

🕊 ようこそ
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今日はめざましテレビのちいかわアニメ「山姥編」についてです

 

 

このエピソードがアニメでどう描かれるのか、
ずっと気になっていました。

山姥編は、ちいかわの中でも
とくに印象に残っているストーリーのひとつ。

ページを読んでいるときに感じた、
あの独特の空気感が、
アニメではどんなふうに表現されるのか、とても楽しみです

 

👀 山姥編の見どころ

物語は、ハチワレが発見した
**「マロングラッセの森」**から始まります。

ちいかわ、ハチワレ、うさぎの3匹が罠にかかり、
そこに現れるのが山姥。

助けられたはずなのに、
本当に安心していいのか分からない――
そんな恐怖風の展開が印象的です。

 

そして、この山姥編の大きな見どころは、
うさぎの大活躍

いつも自由で予測不能な存在ですが、
このエピソードでは、
物語の流れを大きく動かしていきます。

原作を知っている方なら
「ここ、どう描かれるんだろう」と思う場面も多く、
アニメならではの表現が楽しみなところです。

 

 

これからどんな展開が描かれるのか。
原作ファンとしても、
ワクワクしながら見守っていきたいと思います。

 

 

 

 
 
 

 

 

 

事の発端は、家の本を断捨離している時に見つけた一冊の本でした。

以前よく読んでいたアメブロの料理ブログの方が出版された料理本でした

アメブロの公式ブロガーとして活躍されている、ある人気料理家の方のこと。

 ずっとその方のファンで、ブログを毎日読み、出版された本も大切に手元に置いていました。

毎日並ぶ、美味しそうで幸せそうな「二人分」の食事。

 盛り付けも素敵で、旦那様と囲む食卓の風景を勝手に想像して、

私も温かい気持ちをもらっていました。

彼女のレシピや暮らしぶりに憧れて、「こんなふうに日常を大切にしたいな」と

思って、何度も本をめくっていたものです。

 

でもある日、そのブロガーさんが綴ったのは、

旦那様が亡くなられたという知らせでした。

驚いたのは、実はそれまでずっと旦那様は入院されていたということ。 

ブログに載っていた「二人分の料理」は、

旦那様がいない食卓で並べられていたものだったんです。

 

それを知った瞬間、なんだか胸がざわざわして、うまく言葉にできない「モヤモヤ」が止まらなくなってしまいました。

 

もちろん、闘病という過酷な現実の中で、ブログの中だけは「日常」を守りたかったのかもしれない。 二人分の食事を並べることが、彼女にとっての希望や、旦那様との繋がりを保つ儀式だったのかもしれない。 

公式ブロガーという立場上、読者に心配をかけないプロ意識だったのかもしれない。 

 

彼女のプロ意識や、過酷な現実を生き抜くための強さは、否定できるものではありません。 大切な人を失うかもしれない恐怖の中で、必死に「いつもの自分」を演じ続けることで、かろうじて自分を保っていたのかもしれない……そう思うと、胸が締め付けられるような切なさも感じます。

 

けれど、一人の読者として、そして本まで購入して応援していたファンとしては、

どうしても「騙されていた」という感覚が消えないのです。

 

私が素敵だなと憧れ、お手本にしていたあの食卓は、

一体何だったのでしょうか。 公式という看板を背負い、ブログを更新するということは、読者の信頼の上に成り立っているはず。 

その裏側で、現実を隠して「理想」だけを演出し続けていたことに、

少しの怖さと、大きな寂しさを感じてしまいました。

 

「大変な中、頑張っていたんだね」と、世間のみんなのように温かい言葉をかけられない自分は、冷たいのかもしれません。

 でも、ブログを見て「この記事を書いていた時、本当は……」「この写真を撮った時、どんな気持ちだったんだろう」と想像してしまうと、

以前のような純粋な気持ちで彼女のレシピを楽しむことができそうにありません。

 

SNSやブログの「公式」という言葉の裏にある、見えない壁。

 画面越しに繋がっているようでいて、実は一番遠い場所にいたのかもしれない。

 そんなことを考えさせられた、悲しい出来事でした。

 

 

🎍 今日は1月2日。
元旦は少しバタバタしてしまい、
一日遅れの新年のご挨拶になりました。

 

🕊 ようこそ
いつも読んでくださっている方も、
今日たまたま見つけてくださった方も、ありがとうございます。
暮らしの中で感じたことを、気ままに綴るブログです。

今回は、新年早々やらかした話からのスタートです。

 

 

🎍 元旦から、さっそく失敗しました
お正月といえば、
少しだけ丁寧に、少しだけ特別な気持ちで迎えたいものですよね。
 

…なのですが。

① なます、落としました

冷蔵庫から取り出したなますの容器を、手元が狂って落下。
床に散らばる、紅白の大根と人参。
結果、半分以上が食べられなくなりました。

新年早々、心の中で
「今年は慎重にいこう…」と誓いました。

② お雑煮用の鶏肉、かばんの中で一晩

さらに追い打ちです。

お雑煮用に買った鶏肉。
なぜかそのままかばんに入れっぱなしで帰宅。
そして気づいたのは、翌朝。
「……あっ」
元旦の朝に、一瞬フリーズしました。
でも、幸いにも
・匂いなし
・ぬめりなし
だったので、よく火を通してそのまま食べました。
(ここは自己責任で…)
😅 それでも、お正月は始まる

こんな感じで、
元旦から小さな失敗続きでしたが、

「まあ、これくらいで済んでよかった」
「笑い話になるなら、ヨシ」

そんなふうに思えるのも、年を重ねたおかげかもしれません。

完璧じゃなくても、
失敗しながらでも、
今年もちゃんと暮らしていけたらいいですね。

🌸 2026年も、よろしくお願いします

こんな私ですが、
今年も日々の出来事を、正直に、気楽に書いていこうと思います。

どうぞ、2026年も
よろしくお願いいたします。