31歳同い年夫婦の日々 〜顕微授精、妊娠中期での死産を経験して〜 -46ページ目

31歳同い年夫婦の日々 〜顕微授精、妊娠中期での死産を経験して〜

2018年8月22(月)
7ヶ月半お腹に宿した愛しい息子
蒼(あおい)を子宮内胎児死亡で亡くしました。

※アメンバーは、ブログを更新されている天使ママ・天使パパさんに限らせていただきます。

※死産の記録です。


8月20日

和痛分娩のため、絶飲食開始です。

朝、子宮口チェックがありました。
二人の医師から、触診での確認です。
2cmのまま。
バルーンを挿入。
子宮口が3cmになると膣内に落ちてくるそう。

点滴で陣痛促進剤投与開始。
30分ごとに投与量を上げていきます。

NSTをセット。
子宮内胎児死亡なので、胎児の心音チェックの装置は付けません。
悲しい。

午前中は変化なし。

午後はお腹の張りが起きる。
1分間隔で張るものの、痛みが付いて来ず…
この日は断念。



8月21日

同様に点滴投与開始。
投与から1時間お腹が張り始める。
午後には若干の痛みも。

が、結局この日もお産が進まず、断念。

先生が申し訳なさそうでした。
子宮口は2cmのまま…
バルーンも落ちる気配なし…


妊娠7ヶ月半の私の身体は
お産の準備が出来ていないため、
陣痛が中々付いてくれないそうです。

早く産みたいと焦る一方で、
少しでも長く蒼と一緒にいたい、
という気持ちも湧き上がっていました。

「明日こそ生まなきゃね。
ママ頑張るからね。
今日がママの中で眠る最後の日かも
しれないね。
蒼とずっと一緒にいたいけど、
蒼の顔も見たいな。ママはワガママね。
蒼、ありがとね。大好きよ。
ずっと貴方のこと、忘れないからね。」

お腹を撫でながら、蒼に囁きました。



8月22日

陣痛促進剤を膣剤に変更。
3時間毎、1錠ずつ挿入します。
最初の投与でお腹の張りがすぐに付きました。

13時、張りに痛みも付き、結構辛い。
助産師さんにも辛いことを伝える。
痛みは1分間隔。
まだ無言で耐えられる。

立ち会ってくれたのは夫と実母と義母。
母と義母から、
お産が進むように動きなさい!
と言われて、
スクワットしたり、廊下をウロウロしたり。
お腹が結構痛かったので辛かった…

15時、痛みが強くなり、「うー…」と声が
思わず出る。
横になって痛みをこらえる。

16時、痛みは30秒間隔に。
お腹がかなり痛いことを家族に訴えるが
「まだまだ、もっと痛いよ。」
と母達に嗜められ、
そうなのか?と我慢し続ける。

16時15分、痛さの波で「うーん!」
とこらえていると、
「パン!」と体内で音が。
同時に股から温かい液体がジワジワーと。

「え、パンっていった。
何か液体出てる。バルーンが落ちたのかも。
助産師さん呼んでくれない?」

夫がすぐさまナースコール。
私は痛みが和らいでしまった。

助産師さんのチェック。
「あ、破水しましたね!
バルーンもばっちり落ちましたし、
子宮口も4cm以上は開いてそうですね!」

途端にまた痛みの波が!
痛い、痛い!、痛い!!!
「麻酔入れてー!!」
と闇雲に叫び始める私。
夫、母達、オロオロし出す。

分娩処置から5日目、
ようやくお産の兆候が現れました。

続きます。


ひまわり息子についてひまわり
名前     蒼(あおい)
出生日 2018年8月22日 (26w6d)
身長     34.5cm
体重     629g


ひまわりこれまでの治療歴ひまわり
2013年12月 入籍(26歳)
2016年2月 妊活開始(28歳)
2016年8月 チョコレート嚢胞発覚(28歳)
2017年5月 卵管水腫発覚(29歳)
2017年6月 KLCにて体外受精に挑戦(30歳)
2017年8月 1回目の胚盤胞移植、陰性(化学流産)
2017年10月 岡田病院へ入院、卵管水腫の手術を受ける(卵管開口術)
2017年12月 2回目の胚盤胞移植、陰性(化学流産)
2018年3月 3回目の胚盤胞移植、初めての陽性、妊娠成立
2018年8月13日 子宮内胎児死亡の宣告(31歳)
2018年8月22日 誘導分娩にて愛息子を出産