

きのう、仕事に出かける車の中でかけていた
FMラジオから、ある曲が流れ出した。
春休みのロッカー室に
忘れた物を取りに行った
ひっそりとした長い廊下を 歩いていたら 泣きたくなった
目立たなかった私となんて 交わした言葉 数えるほど
アルファベットの名前順さえ あなたは酷く 離れてた
もしもできることなら
ひっそりとした長い廊下を 歩いていたら 泣きたくなった
目立たなかった私となんて 交わした言葉 数えるほど
アルファベットの名前順さえ あなたは酷く 離れてた
もしもできることなら
この場所に 同じ時間に
ずっとずっと
ずっとずっと
うずくまっていたい
もうすぐ別の道を歩き
もうすぐ別の道を歩き
思い出してもくれないの
たまに電車で
たまに電車で
目と目が合っても
もう制服じゃない
《 歌・詩 最後の春休み (松任谷 由美) 》
この歌を聴いているうちに
もう忘れていた、年をとって、もう二度と味わうこともないと思っていた、高校時代の、あの切なさや、激しい多感な感情が
遠い遠い昔から急に蘇って胸を突いてきた。
若いときって、好きなことには何にでも一生懸命になれて、
心底、素晴らしいと感動して、その度合いが深くて、
夜の静けさとか、音楽の一音一音とか、ふと目にした街のポスターとか、
ラジオから流れるDJの言葉にとか、そんななんでもない日々の生活な中にも
胸が痛くなるような激しい思いを感じたりしたものだ。
そういう感度の高い多感な感情が普通にありましたよね。
そんな昔感じてたのに今、感じない感情って、歳をとるほど多くなっていく感じがします。
今はまったく無いとは言わなくとも、なんかそんな感情がどんどん薄れて、昔ときめいたことに、ときめかなくなったり、
感動の度合いが小さかったり、長続きしなかったり
すべてに対して相当ニブくなってゆく。それが老いてゆくということ、なんでしょうか。
だから、もう二度とそんな純度の高い激しい感情を
味わうこともないんじゃないか、そんなふうに諦めていた今日この頃。
記憶喪失になって過去を思い出せなかった人が、
何かをきっかけに次々と思い出すかのように、
この歌はオイラに久しぶりに、遠い過去の感情を蘇らせて、
若い時感じたそんな甘酸っぱい感情がラジオから車の中に
激しくあふれ出てきたのです。
まだ、こんな感情がオイラのどこかに残っていたんだと、
嬉しく、そして懐かしい感慨に浸った一瞬でした。
そんなことを考えていたら
信号待ちの信号はいつの間にか青くなっていて
後ろの車がクラクションを鳴らしている。
そんな春の朝のおそまつな一瞬でした(笑)。
この気持ちいつまで残ることか…。
そう、思っていると、仕事場に着いたときには、
すっかりそんな感情も消え去り、
いつもと変わらない平凡な朝なのでした。
ジジイのくせにキモいとおもわないでくださーい・笑
俺もジジイになってくのは、
初めての経験なんです。
したがって若い頃、想像できない老いの初めてのいろんな経験をしてるわけです・笑
あぁ、人生。
思えば遠くに来たもんだ…。
これから多難です・笑



