こんばんは!
昨日の続きです。
霊媒も霊媒師も見たことが
ありませんので
私のやっていることが霊視霊媒と
いうのは間違っているのかもしれません。
似ていませんか?
魂をとらえることを霊視
魂の思いを伝えることを霊媒と
いうのではないかと
勝手に自主解釈しています。
魂が語っていることを
録音できるわけじゃありません。
魂が自分の思いを紙に書いて
渡してくれるわけじゃありません。
魂が私が覚えるられるようにゆっくりと
語ってくれるわけじゃありません
私たちは
「一番楽しかったことは?」
と問いかけられると
記憶を探ってみますよね?
あの人と一緒にいた時とか
あの夏の旅行とか
頭に情景が浮かびますよね?
その感じで視えるのです。
これで裏が取ることができなければ
ただの妄想になってしまいます。
だから何度も経験を重ねて来ました。
今でもまだまだ修行中です。
どうしても気になったので
「三浦春馬さんの母親」
で検索してみました。
この画像が本当の母親かどうかは
わかりませんが母親だとすると
似ていませんか?
だから三浦春馬さんの霊媒の場合
完全に彼の言葉と言えるのは冒頭の
「僕はお母さんが大好きです。」
だけです。
後は私に伝えられた彼の思いを
私が私の選んだ言葉で書いています。
彼の思いは何も変えていないつもりですが
言葉使いや言葉選びは私になってしまいます。
どんなに気を付けても
「私」が出てしまいます。
いつか
魂の言葉を一語一句違えず
伝えられたら良いと思っています。
目標にしています!
「千祓の祈願 五百九十五回」
とほかみ えみため
はらいたまえ きよめたまえ
思いが強すぎても聴こえません。
何故なら、会った瞬間にあなたは喜びで
興奮状態になってしまうから。
魂の言葉は風のようなものです。
落ち着いて静かに向き合わなければ
聴こえませんよ。








