こんばんは!






20年くらい前?
5年の賃貸マンション生活を終えて
生家に戻った頃に毎日のように
遊びに来る友人がいました。
マンションの頃も来ていたのですが
私が仕事に出ていたので
そうそう来られない状況だったのが
生家に戻った時は休職中でした。






ごめんください。









「(-.-)Zzz・・・ん?









ぐーたらなプータロー女生活中の私









遊びに来ると言っても仕事帰りに
ちょっとお茶して行く程度です。
仮にまゆみとします。
ある夜10時頃ですかね?
まゆみが駆け込んで来ました。
私の顔をみるなり号泣m(。≧Д≦。)m







「お父さんが死んじゃう!」













まゆみのお父さんが
仕事中に具合が悪くなり
病院に行くような人ではないのに
よほど悪かったのか救急搬送を頼み
総合病院に運び込まれ
そのまま入院することになりました。







ステージⅣ
の胃癌
でした。





「後2ヶ月の余命です。
もう治療することは
出来ないので退院して
近所の病院で痛み止めを
打ってもらって下さい。」
(なんせ10年以上前の
ことなのでうろ覚えもいいところです)





と言われたというのです。
そんなこと病院が言うの?と
半信半疑でした。
自分が病院に関わった今は
病院はそんなこと全然言うよね~!と
医学界の現実がわかりましたけどね。
その頃は「病院は神」と思っていましたから
まゆみの誤解釈じゃないかと疑ったのです。
でもまゆみは泣き過ぎか
ショックでなのか目が血走っていました。













血走るという文字通り
白目の部分の血管が切れて
血の線と固まりが見えました。
私は血走った目というのを
初めて見ました。(T_T)





まゆみは5~6年前に
母親を亡くしていたので
父親に対する執着がありました。







母親が闘病の末に50才ほどで亡くなった後
家族で通っていた小料理屋のおかみさんと
父親が親しくなった時の怒りようは
ハンパありませんでした。




私「お父さんも
まだ60才だよ?
これから20年も30年も
ひとりでいろって言うの?」




まゆみ宣う
「私が
いる!」







いやいやいやいや!
子供とパートナーは
違うでしょ?






この件に関しては
さすがの私の意見もけんもほろろ。
一切聞く耳持たずでした。
お父さんの独り暮しの家に
おかみさんは小学生の娘と越して来ました。
まゆみは激怒の上の激怒((ヾ(≧皿≦メ)ノ))







シャー!!!






それっきり毎日行っていた実家に
ピッタリと行かなくなりました。
まゆみはお父さんの会社を手伝っていたので
平日はけっこう行っていましたが
会社の隣の実家には近付かないのです。
うちによりいっそう来るようになりました。
事情が事情なので邪険にするわけにも
いかなかったのでかなり我慢しました。







我慢我慢我慢~!








そんな中での「余命告知」でした。
お父さんの新パートナーに対する反発や
頑なな態度を後悔しても
どうしょうもありませんしね。
いくらでも泣いていいよ。
今日はいくらでも付き合ってやるよ。








よしよし。大変だね~!








泣き止んだまゆみが
血走った目を見開いて
私をじっと見上げました。
うん。よしよし。
かわいそうにね。







「お父さんは
いつまで生きられる?」








へっ?!















対岸の火事を
心配していたら
いきなり火中の真ん中
放り出されてしまった!
マジっすか?







それ聞く
んだぁ~?






続きまーす。








「千祓の祈願 三百九十一回」

とほかみ えみため
はらいたまえ きよめたまえ

このお父さんは20年経った今も
会社に出ています。
人の生き死にも紙一重です。
祝詞が祈願が願う心が一重の紙にもなります。