こんばんは!
ごめーん!
末期がんの告知をせず
胃潰瘍で完治したと信じている旦那さんと
一緒にはいられないと言う奥さん。
アパートを借りて生活用品を揃え
本当に家を出ました。
O型って
すごいよね。
こういう突拍子もないことを
やってのけるのは
私の経験ではO型だけです。
どう説明しようがお兄さんが
変に思うことは避けられません。
そういうことを一切考えないのです。
ビビりのA型の私といたしまては
思い付くことも出来ません。
O型奥さんは思い込んだら直進します。
誰にも相談しないし意見も聞きません。
2週間で「泣き部屋」は完成しました。
有言実行。
お兄さんの不調から入院と看病
癌の発覚に医者とのやり取り
お兄さんとふたりでやっていた商売を
ひとりでなんとか乗り切りました。
やったこともない帳簿付けまで
頑張っている姿も見てきました。
その上
独り暮しの準備と実行。
旦那にオンブにダッコだった奥さんの
どこにそんな力があったのかと
本当に驚きました。
「ママは言い出したらきかないから。」
と娘ふたりも黙認です。
いやいやきかないって
程度のもんじゃないでしょ?
そう思って見るからでしょうが
お兄さんは寂しそうでした。
ところが
その夜からふたりの娘が
お兄さんと布団を
並べて眠るようになったのです。
主に奥さんソックリの次女です。
可愛くて素直で明るい次女が
毎晩パパと一緒に寝ました。
時々照れ屋の長女が加わり
パパを挟んで川の字になって
眠ることもありました。
今まで奥さんと一緒でしたから
成人した娘と布団を並べることなんて
なかったと思いますが
お兄さんが最期の入院するまで
娘たちはパパに寄り添っていました。
次女はアイドル並みにきれいで可愛くて
底抜けに明るく気遣いの出来る子です。
毎晩パパが気持ち良く眠れるように
頑張ったと思います。
お兄さんは食が細くなっていて
「ご飯が食べられない」というので
その頃に私がはまっていた
ひとり分の冷凍五目ご飯をすすめると
「量も丁度いいし美味しいよ。」
と喜んでくれたので
ずいぶんと買って届けましたね。
狭いリビングの真ん中に座り
隣に次女反対隣に長女
向かいに奥さんに囲まれ
出入口の端(昔からの定位置)に
私や親しい人がいたりして
お兄さんが面白可笑しく話をします。
みんなで笑って
それが日常でした。
お腹の手術痕の傷や
「あまり食べられない。」
ということすら
明るく笑い種にしてしまいました。
笑っている顔しか思い出せません。
好きなだけ食べさせたかったなぁ。
そんな日がずっと続けば良いのですが
そうはいかずにお兄さんは
「気持ち悪い」と言って病院に行き
そのまま入院しました。
「なんで入院するんだ?」
と不満をもらしてくらい元気でした。
前日の夕方に私が行った時も
かわりはありませんでしたが
これが永遠の別れになりました。
私は不器用なのです。
ブログを読んでいただいていても
おわかりでしょうが
お兄さんのお見舞いに行って
泣かないでいることは
百パーセントあり得ません。
私よりふたまわりも年少の娘たちが
お兄さんに気付かれないように
頑張っているのに
私はとてもとてもムリで
病院には行けませんでした。
お兄さんの葬儀で
奥さんはいつまでも棺桶の中の
お兄さんの頬を撫でていました。
私「いくらなんでも
お兄さんは癌だって
知っていたんじゃない?」
奥「知っていたかも
しれないけど
信じなかったと思うわよ。
弱い人だったから
私と娘たちの違うという
言葉の方を信じたくて
信じていたと思うわ。」
息を引き取る寸前まで
ううん息を引き取ってからも
「治って退院して店をやるんだ!」
と思っていたお兄さんは
幸せだったなぁと思います。
家族の血のにじむような苦労が
あったとはいえ最期まで日常だったこと
だからこそ
癌は押さえられていたと思います。
お兄さんの辛そうな顔は
見たことがありませんでした。
ネットの普及で
病名を隠すことが出来なくなり
誰でも過剰な情報を得られます。
今さらどうしようもありませんが
「癌ではない」とウソをつかれ続けて
本当に治った人もいるという話も
聞きますがそれが出来ない今は。
癌は
完全に治る!
そういう時代が来ることを
願ってやみません。
でも……
すぐのような気がします。
私「史上最強霊媒師」ですからね。
信じて下さいね🎵
「千祓の祈願 三百十回」
とほかみ えみため
はらいたまえ きよめたまえ
あれこれとやって欲しいことを言って
気が済んだのかな?
いつの間にか消えました。










