こんにちは!





今日の記事は
日本の歴史の一部ではあるのですが
本当のことはわからないお話です。
奇想天外の話と思われるでしょう。
一応時にはスピリチュアル系の記事も
載せておきたいと思います。












以前にも書いたことがありますが
呪術というのは「善」で
始まった訳ではありません。




神社のいくつかは
怨霊を抑えるために建立されているし
寺院のほとんどは供養のために
存在していたりします。
そんな由緒を知ろうともしない人々が
神社仏閣を闊歩しています。













平和に暮らしている人々は
見えない「空(くう)の力」を
望んだりしません。
「なんでこんなことが起こるんだ!」
と驚き怯えどうにもならない時
それこそ天に向かって手を伸ばして
「助けてくれー!」と叫びました。
·····神さま降臨ですね。






そして天災や病に襲われたりした際に
「これは何か悪いモノの仕業」だと考えて
悪いモノをやっつければ
良いんだということでお祓いがうまれました。
人間の力ではどうにもならないことを
人間以外の力を頼ったのです。
それを責める人がいるのなら
よほど強い人でしょうね。





人類は弱い。
自分たちを守るために知恵がある。
人類が屈強だったら
それはもう恐竜ですからね。
とっくに絶滅しています。





弱いから守るために知恵を絞る。
忘れていることも多いですが
人間は弱いからこそ
進化して来たのです。
あなたが弱くて当然ですよ~。





誰か
何か
今のこの状態を良くして!
助けて助けて助けて助けて助けて!












そうして神が生まれ
神に敵対する悪霊が生まれ
混沌としていた世界は律したのです。
善を神と位置づけ悪を悪霊と位置づけ
世の中はわかり易くなりました。
行動しやすくなり
より社会化が進みました。






そして飢饉の時など大変な時に
産まれて欲しい赤子を守りたくて
祈願が始まりました。
無事な誕生を祓い祈り
産まれた赤子の成長を祓い祈る
ことあるごとに祈願するように
なっていきます。





これだけ医学と文明が発展して
便利で何不自由ない生活を送っている
現代でも「天災」は容赦ありません。
病魔は人間の命や人生を奪っていき
病魔をねじ伏せることは出来ません。
何百年何千年という時を経ても
「天災」と「病魔」には勝てません。





私たちの遺伝子の中には
先人たちの
「神を熱望する気持ち」や
「暗闇や異変を怖れる気持ち」が
流れていると思います。





だからというわけではないでしょうが
どれほど化学や教育が発展しても
「神」「お祓い」「祈願」「呪術」が
消滅することはありません。
私の解釈では全て「呪術」なのですが
「呪術」という言葉はいかにも怪しいです。
「呪術」は表舞台から消えていきます。














はい。
その呪術中の呪術は「呪い」です。
だけど秘術中の秘術でもあります。
表に出てくることはないでしょう。





ただもしかしたら叶うかもしれない
「呪い」の呪術があります。
本格的に呪ったら自分を壊します。
だけど誰かを恨み続けていても
ゆっくりと自分を壊してしまいます。





「呪術」の「呪」は「しゅ」とも発します。
昔「陰陽師」という映画で
清明が「しゅ」と言ってたような気も
しますがうろ覚えなので違うかもしれません。
「しゅ!」と発して術をかけます。
この呪術は「呪い」「しゅ」が
あなたの「恨み」の半分を引き受けてくれます。
あなたの抱えている重荷を引き受けます。













以前「部下の写真に(呪)と書いた」
上司が警察沙汰になっていましたが
上司の失敗は「部下に知らしめたい」と
思ってしまったことです。
呪術を信じていなくて部下に
「お前は呪われているぞ!」と
実際に知らせたいという
欲求を抑えることが出来ずバレました。
自分に「呪い」の術が
帰って来てしまったのです。
「呪い返り」ですね。





「呪術」は人に知られてはいけません。
「丑の刻まいり」ってご存知ですか?
それの話をするとそれだけで
記事になってしまうほど長くなるので
止めておきますが
「丑の刻まいり」は人に見られたら
お仕舞いです…全部パーです。
まぁ術かけるよーと宣言して
やることでもないですけどね。





すいません😣💦⤵
長くなってしまったので
次回に続きます。







「千祓の祈願 二百六十回」

とほかみ えみため
はらいたまえ きよめたまえ

御祈願させていただく時も
呪いをお願いする時も真面目にやって下さい。