こんにちは!
私は脳梗塞と咽頭がんで
4ヶ月入院していましたが
2回だけ泣いたことがあります。
泣いたなんて
生易しいものじゃなかったですね。
1回は近所の人に預けていた
体が弱くて飛べないセキセイインコの
「ダンナ」が死んじゃったと
メールで知らされた時です。
ダンナが可哀想で3時間くらい号泣でした。
多分いろいろと溜まっていた涙も
あったのでしょうが……
もう1回は看護士さんに怒られてです。
寝たきりの時(5日くらい)は
まだ良かったのですが
トイレに(介助つき)
行けるようになると毎朝点呼があります。
「昨日は
オシッコ
何回したの?」
「5回です。」
「大きい方
は何回?」
「ないです。」
「今日は出た?出ない?」
羞恥プレイか!
そういうの好きな人ならとにかく
┐(´∀`)┌
私は神経質で子供の頃はふたりの弟に
「私のいる部屋では鼻をかまない」
「私の前で汚いことを言わない」
を強要していました。
汚いことというのは「う◯こ」とか
「お◯っこ」とか「お◯ら」とかです。
そんなことを弟が言ったら
びえ~んと大泣きしていました。
ややウソ泣きに近くてつっぷして泣く
イヤーーーーーーな姉ちゃんでした。
大人になったから
平気になったわけではなく
周りにそういうことを言う人が
いなくなっただけで
性格は変わっていません。
友だちはその手の話は私が
いないところでしていました。
ちょっと病気に近いんですかね?
そんな私が朝の爽やかな陽射しの中
「オシッコは何回しましたぁ?」
「大きい方(う◯こ)は何回出たぁ?」
「今日出ないなら下剤飲んでぇ!」
もうねぇ
私の「私らしさ」がガラガラと
音をたてて崩れていきました。
イヤ粉々粉砕消滅です。
そんな脱け殻の私は
それでも車椅子をバック走行で
飛ばして移動して厳重注意されたり
マンガを片っ端っから読んだり
年甲斐のない
入院生活を送っていたのです。
私は咽頭がんのステージⅣで
治療で喉に放射線を照射していましたし
同時に抗がん剤のTS1を服用して
いましたが「うがい冷却ネブライザー?」
をきちんとやっておまじないを唱えていた
お陰か全くと言って良いほど
副作用がありませんでした。
食事を食べられなかったのは1回?
だったと思いますが(?)
ン?2回?
とにかく「食べれない。」と言ったら
「何でも良いから好きな物買っても
良いから食べて(*^▽^)/★*☆♪」
マ!
マジっすか?
キャーと大喜びですよ。
重度糖尿病でインシュリン治療中
友だちも「食い物」は持って来ません。
病院食以外の物が食べられるぅ~🎵
ウキウキとコンビニに行き
優柔不断のガキンチョよりも
迷いに迷い選びに選んで
低カロリーのウェハースと
生クリーム入りのつぶあんどら焼を
買って車椅子ごとルンルンですよ。
その超ルンルン気分の時に
別の看護師さんに捕まって
「あら、それ何?」と聞かれ
これこれこーでと話すとニコリともせず
「ご飯食べないと
良くならないよ!
毎日放射線
当てているのに!」
「イヤ、でも、今は食べられ」
「栄養摂らないと
細胞が回復しない……」
看護師さんも驚いたが
私も驚きました。
ぽろぽろと涙がこぼれて
どうしようもありませんでした。
顔の位置も悪いのです。
車椅子に座っていて立っている
看護師さんを見上げる姿勢なので
ちょうど大人に怒られている
子供の視線になって
しまったからでしょうか?
子供のように
グスングスン泣き続けて
看護師さんも困って話を変えてくれ
笑って別れたのですが
「ご飯を食べられずに怒られて」
グスグス泣いたのはいつ以来でしょう?
多分50年以上ぶりですね。
この話は私の鉄板ネタになりました。
あっ
この時のおやつなんですけど
ウェハースは一口かじったら
放射線で乾ききった口の中全てに貼り付き
死にかけましたm(。≧Д≦。)m
どら焼はあんこが炭カスのようで
とても食べられませんでした。
あんなに楽しみにしていたのにー!
将来を絶望しましたね。
「千祓の祈願 二百五十九回」
とほかみ えみため
はらいたまえ きよめたまえ
明日が少しでも今日より楽しい日に
なりますように祈願致します。













