こんにちは!





おかみさんの
話をしたいと思います。
おかみさんの来世は
どうか幸せでありますように
と願ってやみません。





おかみさんは
50才そこそこで変死しました。
二車線道路の向こう側に
ゴミを捨てに行って戻る際に
走って来る車を避けた
ひょうしに転びました。





それっきりです。
車に当たってはいないので
交通事故死ではないのです。
転んで意識不明なので
病院に緊急搬送されました。
もう手の施しようがなかったそうです。






私は中学1年か2年でしたから
詳しい病名は聞いてませんが
これと言える病名はなかったのです。
倒れた瞬間に今まで無理していた
いろいろな不具合や疲れが
いっぺんに出て死んでしまったと。
あえて言うなら過労死だそうです。






お蕎麦屋さんは朝が早いです。
夏も冬も未明の4時から
おかみさんは働いてました。
友達の家がお蕎麦屋さんの隣でした。
その友達の家に試験前などに
「徹夜で勉強」と称して
遊びに行くことがありました。
友達の部屋は2階で窓から
お蕎麦屋さんの中が見えました。






昔の店舗のせいか木造で
調理場の壁などが
ほとんどガラス戸で
道路からは木の塀で見えませんが
友達宅の2階からはまる見えでした。





(実際のおそば屋ではありませんが来んな感じ)






勉強中夜中にトイレに行った時に
窓の近くを通って何気なく外を見ました。
お蕎麦屋さんの調理場がぼうっと
灯りが見えたので思わず窓に張り付いて
じっと見てしまったのです。
古い古い木造ではだか電球が
ポツンとぶる下がっているだけなので
店は日が暮れると閉めていました。
電球の橙色の暗い灯りに慣れると
調理場の中が見えてきます。





おそば屋さんの調理場の隅の方に
直径が5~60センチで高さが1mくらいの
古い木製の桶があります。
おそばを湯がいたあとのお湯を注いで
その中に汚れたどんぶりを
入れて洗っているのを
お客はみんな知っています。
そこで何かが動いたような気がしました。
目をこらして見ると
その桶に裸の女が入ってました。






ひぃー!




どんぶり洗いのタライの中に
裸の女……
怖過ぎてパニックです。
「ゆうちゃんー!ゆうちゃんーー!」
必死で友達を呼んで
桶に入っている裸の女の人を指しました。




こんな感じの桶ですが古くてぼろぼろでした。






私「なに、なに、あれ!」

友「ああ、なんだぁ~!
悲鳴が聞こえたから何かがあったのかと
焦ったじゃん!
うん、いつもそうだよ。」





みさんが仕事を終える時間には
銭湯は閉まっているので
毎日桶に入っているんだとか。





私「でも、あの桶のお湯はもう
冷めているんじゃないの?」

友「冬でも入っているよ。」

私「えー!何の罰ゲームよ!」

とか笑って勉強に戻りました。





で4時頃覗くと
もう明かりがついて
おかみさんは働いてました。



私「えー!
おかみさんはいつ寝ているの?」


「ほとんど寝ていないらしいよ。」



よく生きていられるよねと
近所の大人達は驚異の目で
見ていたらしいです。
毎日そんな生活だったそうです。
旦那さんが飲む打つ買うで
あまり働かなかったので
おかみさんは働きっぱなしでした。






大事な一人息子を16才で亡くし
障害の重い娘を育て亡くし
寝る間もなく働いて働いて働いて。
それでもおかみさんは
いつも陽気に笑ってましたけどね。





いつおかみさんは楽になるんだろう?
いつ思いっきり寝られるんだろう?
働いて働いて働いて。







働いて働いて働いて。










地獄じゃん。






だから亡くなったと聞いた時
ぐっすり寝ているおかみさんを
想像して何かほっとしました。
やっと寝られるね。
本当に疲れてしまって
もう生きなくてもいいやと
力尽きて起き上がれずに
死んでしまったんだろうと思いました。
もうゆっくりできるよね。
亡くなったと聞いて
あんなに良かったと思ったのは
この時だけです。






それから一月経った頃から
近所の人たちが騒ぎ出しました。
おかみさんは生前
お店でお客さんが使った割りばしを
軒下にしゃがんでパキパキ折って
練炭火鉢にくべてました。





夜中にそのパキパキという音が
聞こえるという人が何人も
出てきたのです。
音が聞こえてくるお蕎麦屋さんを
見ると真っ暗で誰もいません。
それなのにパキパキという音が響きます。
音が聞こえてくる場所は
おかみさんがいつもしゃがんで
火鉢に火をくべていた軒下ですが
何もありません。
それなのにパキッパキッ






おかみさんが調理場に
立っているのを見たと言う人もいました。
私も遅い時間に
お蕎麦屋の近くを通った時に
割りばしを折る音を聞きました。
怖さよりも苦しくなりました。
涙がボロボロとこぼれました。







おかみさん
もう働かなくても
良いでしょ?
もうゆっくり休んでよ。
お願いだから!





私は実家を出たので
今もおかみさんが働いているか
どうかはわかりません。
でも
まだ今夜も割り箸を
折っている気がします。




昭和の終わり頃の話です。






 







「千祓の祈願 百三十八回」

とほかみ  えみため
はらいたまえ  きよめたまえ