私の手術は、開腹手術でした。

当初、リンパ転移の恐れがあり、手術をしないとわからない様な状況でした。

外科チーム13人でカンファレンスした結果、開腹手術にした方が、臓器転移の発見も出来ると思っていたようです。私は、腸閉塞を起こしかけた状態ど入院。癌部位もCTなどで見ると大きく、転移している可能性もあったから。

手術前の説明では、写真を添付します。



ステージ3なんだと…
人工肛門も覚悟していました。


手術室に入ってから、足に温泉が流れてるみたいな温かい物を取り付けられました。
硬角外麻酔を打つため胎児がお腹の中にいるポーズを取り、麻酔医が上の麻酔医に聞きながら背中に針を刺しました。途中二回失敗。はーぁぁ…
手術でも一発で決めれないのか?と怖くなりました。針が刺さるて右脚がピーンとなり、看護師におかしい、と訴えましたが既に全身麻酔の点滴が始まり意識が無くなりました。

私の手術開始は、9時20分。

家族に午後2時半から3時までに終わると看護師が伝えていたそうです。

手術終わったのかな?先生が家族に病室に待機してくれるよう連絡してくれ!と声が聞こえてきました。まだ意識がはっきりしていません。耳は聞こえています。
OP看護師や先生から無事終わりましたよ!
先生が、人工肛門ついてないからね。肛門温存手術だったよ。と。
耳から声は聞こえますが話すことは出来ません。

いつのまにか病室に戻っていました。
家族が、ママ頑張ったよ!もう大丈夫だよ!
子供達が私の姿を見て泣きながら私に呼びかけている声が聞こえました。

私の体には、管だらけ。
鼻から胃までチューブが差し込まれ酸素マスク。肛門も短いチューブ。尿管チューブ。お腹の横からドレーン。背中には硬角外麻酔の針から痛み止めの針と細いチューブが入っています。脚にはエコノミー症候群にならないように、自動ポンプで脚をマッサージする器具が装着。心臓脈測定を胸に張られていて、指には酸素測定器

手術は、一旦自己呼吸を止めて口からチューブで人工呼吸になる為、術後話そうと思っても声が出ません。苦しい小さい声になります。

がんじがらめ状態。

この日の夜から苦しい夜を迎えました。
この日の夜から一睡も出来ない夜を3日過ごしました。

この次の日から右脚の麻痺に気づくまで正確には、硬角外麻酔の痛み止めの針が神経を圧迫して危うく右半身付随になりかけを3日後に新人の医師が発見して大変な日を迎えるとは……


長くなりましたのでまた次回。

お読みいただきありがとうございました。