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このブログは、発達障害のある長男を含め3人の子供(ニニ・ネネ・ワワ)を育てる母が日常感じたことを書き留めているブログです。
他で書いていた過去のブログも少しずつ振り返ってアップしています。
「障害受容とは」
明るい未来をあきらめるとか
未来の可能性をあきらめるとか
ゆっくりなんとなく成長はするけど
人生の楽しみを見つけたり
生きがいを持ったり
友達ができたり
そんなこととは無縁で
なんとなく、日々を過ごし
なんとなく、人生を終える日を迎える
障害とはそういうことなんだと、
無知だった私は、感じてしまっていました。
そして、そんな人生を受け入れることこそが
障害受容なんだと
思いこんでしまっていました。
「障害受容」イコール「諦め」
そんなネガティブな受け止め方をしていました。
それが、どうでしょう。
中学生のニニ。
5歳までママと呼んでくれなかったニニが、
今では家族皆に誰よりも先に「おはよう」と挨拶をする。
「ごはんが食べたい」どころか、「ママのハンバーグ美味しいよ。たくさんご飯が食べられる!」って、誰よりも褒めてくれる。
ひらがなカタカナも、ほとんど読み書きできるようになり、好きな本を1人で読める。
大好きな先生や友達に会うことを楽しみに学校にいき、
学校の文化祭のステージでは、センターのポジションで、リズミカルにバランスボールパフォーマンスを披露してくれた!
家では欲しいおもちゃを買うという目標のためにお手伝いを頑張り
弟ワワの着替えやトイレのお世話まで、できてしまう!
一つ一つ、
周りのサポートを受けながら
本人の努力で
確実に成長を積み上げてきました。
「諦め」
なんのことやら
です
これから先も
養育する中で大変さを感じることはあると思います。
今まさに大変だと感じることだってたくさんあります。
本人が壁にぶつかることも、あると思います。
でもそれって、ニニに限ったことじゃない。
それぞれ方向や種類は違っても
ネネだって、ワワだって同じ!
今までだって、3人それぞれ
色んなことにぶつかりながら
ステップアップしてきた!
ニニだけ、特別なわけではない。
障害があるからと言って、
苦手が多いからと言って
それだけで
ニニの人生に
優劣がつくものではない。
諦める必要も
悲観しすぎる必要も、
なかった!
障害受容とは
ありのまま
目の前にいるニニを受け入れ
そこから前に進むことを考える。
そんな感覚なのかもしれません。
大学のテキスには、こう書かれていました。
障害の受容とはあきらめでも居直りでもなく、障害に対する価値観の転換でもあり、障害をもつことが自己の全体としての人間的価値を低下させるものではないことの認識と体得を通じて、恥の意識や劣等感を克服し、積極的な生活態度に転ずること。
これが日本で最も定着している定義だそうですが、批判も様々あり、「自己受容」「社会受容」とに分けられるとの概念も提唱されているのだそうです。
私の感覚、テキストと通じるところがあったと、自分では感じたのですが、、、、どうでしょうか
引用元
最後に・・・
ニニ小学校6年生。
文中にも登場した、バランスボールパフォーマンスの様子を描いた絵です。
楽しそうな愛嬌たっぷりの表情がお気に入りで
未だにリビングに飾ってあります。
よく見ると、足元に小さなバランスボールが描かれているんですよ
ざ!めだまーず!笑