あまり言いたくはないが・・・やっぱりムシ暑いぃ~ビックリマークアッチィ―――ヽ(´Д`;≡;´д`)ゞ―――!!!!

吠えたら余計体力が奪われていきますが、それでも吠えずにはいられませんえーん

この音譜ダールダル君&バーテバテ君音譜が半端ねぇ~_(  _´・-・)_ぺたぁ

まだ梅雨も明けてないのにもう既に夏バテモードです・・・困ったもんですあせる

かなさんの老いさらばえてく身体の回復力は衰えてくばかりです( ´ー`)フゥー...

てなわけで・・・ハイパー本日の気になったニュースはこちらです!

■「石原プロ」57年の歴史に幕…渡哲也、舘ひろしら独立へ 「軍団」解散に渡「よくやったと思う」

鉛筆渡哲也さんが解散させるというところに大きな意味があるし、裕次郎さんも納得されると思う。

昨今のジャニーズ事務の騒動もそうだけど、創業者に傷がつくというのは悲しすぎる。無傷のままの美学。ありだと思う。石原プロみたいな毛色が違う事務所がなくなるのは、凄い寂しさを感じる。未だに昭和の男感漂ってる事務所ってここぐらいですし、石原軍団は残して欲しい気がしますが、石原裕次郎さんの遺言なら仕方ないのかなと思う。渡哲也さんは昔から“石原裕次郎”の名前が付いた石原プロには、並々ならぬ配慮をしてきて舘ひろしさん以下に、「石原」と言う名前がある石原プロを絶対に傷を付けてはいけないと厳命されてきた。ここまで石原と名が付くだけで全員に絶対に傷を付けてはならないとまで言って、大切にして来た石原プロを自分の眼が黒いうちに畳む決意されたのだ思う。

これはもう伝説的有名なエピソードで、渡哲也さんが日活に新人として入った時に、当時、大スターだった石原裕次郎さんが食事中だったので挨拶に迷いましたが挨拶に行ったら、わざわざ立ち上がって石原裕次郎です。宜しく。と挨拶をされて感動して、渡哲也さん自身も見習う様になり同じ様に舘ひろしさんが渡哲也さんに惚れ込むと言う固い絆の軍団だ。石原プロが無くなる事は淋しいですが、落ちぶれたり倒産したりして名前を汚さないうちに、解散するのは渡哲也さんの固い意思だと思います。渡哲也さんは本当にカッコイイ“漢“だと思う。

でも、石原裕次郎さんが亡くなって早33年、奥様はじめ渡哲也さんや館ひろしさん、神田正輝さんもよくここまで会社を存続させて来たものだと感嘆した。「石原裕次郎」の名前はおそらく末代まで残るだろう。だからもう彼らのミッションは終了しても良いと私は思う。彼らだってもう十分高齢者の一員だ。ここに来て石原プロの肩書を外すのも遅いくらいだと思う。お疲れさまでした。といいたい。こうやってどんどん月日は流れて行くと実感した。昭和は遠くになりにけり、もしかしたら奇しくも同じ52歳で亡くなった歌謡界の女王・美空ひばり伝説も自然に無くなって行くのかもしれない。それを“時代”と言う・・・裕次郎さんを知る人も少なくなり、時代の移り変わりと共に古き良き時代も遠くなってきた。ここまでよく守ってきたと思う。地方へのボランティアの炊き出しは自衛隊並みで素晴らしかった。石原軍団の炊き出しに助けられた方達は大勢いた。今まで、楽しませてくれてありがとうございました。